EVR-3 type II とMUSES 03を用いたヘッドホン・アンプ

はじめに MUSES 03
新日本無線MUSES 03(写真A)は、入力段と出力段をそれぞれ 別チップとした画期的な構造のオペアンプです。MUSES 01 / 02はデュアルチップでしたが、ステレオです。つまり1回路あたりはシングルチップ。MUSES 03は、1回路でデュアルチップの贅沢な構造のICです。メーカーにとっての組み立てコストは大きくアップしますが、2チップとするメリットは小さくありません。

写真A MUSES 03
まず、共通電位の束縛から解放されます。プリント基板上の回路とは異なり、ICの回路は電位を持つp型半導体(サブストレート)の上に、空乏層で絶縁されて構成されます。つまり、-Vccに接続されたサブストレートよりもプラスになるように構成されます。ところがこの空乏層はキャパシタンスとしても働きます。早い話がICに構成された素子と素子は、キャパシタンスを介して電気的に干渉します。出力段のエミッタ電位が変われば、入力段のソース電位にも影響が及びます。これをなくせます。
次に、熱的絶縁です。半導体も電流を流せば発熱します。この発熱量は電流に応じて変化します。そして電気信号は常に変化します。ようするに1kHzのサイン波を入力すれば、1秒間に1000回発熱量が変わります。つまりは、温度も1kHzで変動します。電流の大きな箇所である出力段の温度変動は、同じチップ上の入力段にも伝わります。もうおわかりですよね。半導体は温度によって特性が変化します。ということは、入力段のFETは温度による熱変調を受けます。供給電流が一定となる電圧増幅部、すなわち初段の差動回路と2段目のエミッタ接地を、出力段であるエミッタフォロワプッシュプルとそのドライバとを、別のチップに分ければ、この2つのデメリットを回避できます。
その効果は、圧倒的な透明感となって聞こえます。とにかく、残響の消えゆく様がすばらしい。弦であれ管であれ、振動が収まる様子がそれぞれの楽器毎に、というよりはセットされたマイクロフォン毎に手に取るように分かるような気がします。ミュートをかけたスネアドラムなど、フワッと消えてなくなります。オペアンプとは信じられない。絶品です。それぞれの残響音がクリアに聞こえますので、定位がグッと明確に感じられます。そしてその定位感は、すっきりとした見通しの良いパースペクティブにつながります。
ややおとなしいかな、と思われるところはありますが、サウンドバランスは申し分ありません。やたらと目立ちたがる高域強調のオーディオ用とはまったくの別世界です。高域の自然な下がり感はオペアンプとは思えないどころか、ディスクリートでも簡単に実現できるバランスではありません。
聞いてしまえば、MUSES 03で作らずにはいられません。まずはヘッドホン・アンプです。
ヘッドホン・アンプの構成
第1表にMUSES 03の絶対最大定格を示します。特筆すべきは最大出力電流。なんと250 mA。第1図(a)に出力電圧対出力電流特性を、第1図(b)に出力電圧対負荷抵抗特性を示します。±10 Vで±200mAを、あるいは20Ω負荷に対し±5 Vもの電圧を出力します。これならオペアンプのみでヘッドホン・アンプを作れます。
第1表 MUSES 03の絶対最大定格(許可を得て転載)

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第1図(a) MUSES 03 出力電圧対出力電流(許可を得て転載)
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第1図(b) MUSES 03 負荷抵抗対最大出力電圧(許可を得て転載)
次に構成を考えます。
これまでは、EVR-3-02電子ボリュームに、MUSES 02の電圧増幅段にA950 / C2120のエミッタフォロワを組み合わせたヘッドホン・アンプを使っていました(第2図(a))。このヘッドホン・アンプ基板の増幅素子を、MUSES 03だけにできます(第2図(b))。ところが、この構成でも信号は、EVR-3の中のMUSES02とヘッドホン・アンプの中のMUSES 03へと、二度もオペアンプを通過します。如何にMUSESオペアンプといえども特有のキャラクタ、すなわち信号の劣化はあります。ゲインが足りるのであれば、増幅段数は最小としたいところです。
そこで第2図(c)の構成です。EVR-3内部のオペアンプは、MUSES 72320電子ボリュームの高出力インピーダンスを受けるバッファとして必要です。この役割をヘッドホン・アンプのMUSES 03に兼任してもらいます。

第2図 ヘッドホンアンプの構成
ところで、ラジオ技術7月号EVR-Xでの経験からは、MUSES 03もパラレルにしたいとの誘惑に勝てません。パラレルにすると、ややにぎやかになるのですが、細身の低域がふくよかとなり、テノールの力感がでてきます。調子に乗って4パラ(左右で8個のMUSES 03)も試しました。たしかに、女性ヴォーカルのなまめかしさは出てくるのですが、シングルから2パラにしたときに比べれば、1/16くらいのアップでしょうか。2パラとの違いはそれほどでもありません。それなら、2パラがベターでしょう。
第3図に本機の構成を示します。専用にバッファを省略したEVR-3 typeⅡ-00を用意しました。この出力をヘッドホン・アンプ基板の2パラMUSES 03で受けます。ヘッドホン・アンプ基板は固定ゲインとなります。アッテネータで絞ってから増幅することになりますので、もったいない気がしますが、これはボリューム+アンプの、至ってふつうの構成です。それ以上に、72320の内臓抵抗を使わないメリットも小さくありません。NS-2Bのはっきりとした音像が感じられます。

第3図 本機の構成
ヘッドホン・アンプ回路
ヘッドホン・アンプ基板回路を第4図に示します。R1とR14は、入力抵抗ですが、EVR-3 typeⅡ-00の出力はハイインピーダンスで受けなければなりませんので、使用しません。アンプゲインは20 dBとしました。ここでのゲインが大きいとアッテネータで絞る量も大きくなり、S/Nは不利になります。しかし0 dBではヘッドホン・アンプには足りません。加えてMUSES 03もゲインを小さく、すなわちフィードバック量を大きくすると、ハイ上がりのシャリシャリ傾向になります。ボルテージ・フォロワでは、キンキンした酷い音です。フィードバック回路に分流を設けると良いのですが、NS-2Bの本数が増えるのがやっかいです。まあ、ヘッドホン・アンプとして使うには10 dBくらいは必要ですから、20 dBとしました。
また、抵抗値ですが、MUSES 03にとってはある程度高くした方が伸びやかになります。ところがNS-2Bは抵抗値を上げると巻線トーンが強くなります。ベストポイントを絞り込んだ訳ではありませんが、経験的にこのあたりと220Ωと2.2 kΩとしました。まあ、200Ωと2 kΩでも、240Ωと2.4 kΩでも違いは聞こえません。買ったときの海神無線の在庫の関係でこの値となった、これが真相です。
位相補償Cは、試聴により15 pFとしました。22 pF以上とすると寝ぼけた感じに、10 pF以下だとシャープな感じになります。好みで15 pFか18 pFです。ここは絶対にディップマイカです。海神無線で扱っています。積層セラミックの音はゴミです。全帯域にまとわりつくヒステリシス音が分からない人は幸いです。
(その後の経験です。抵抗値は390Ωと3.9 kΩとして、Cは12 pFをお奨めします。220 / 2kと240 / 2.4 kの違いは聞こえませんが、390 / 3.9 kとするとさらに伸びの良い音に聞こえます)。

第4図 ヘッドホンアンプ基板 SKHP-03 回路
さて、MUSES 03のデータシートには出力過電流保護抵抗を用いるよう示されています(第5図)。オペアンプでは見たことのない指示です。過電流保護回路を組み込んでいないと考えますが、音に対する執念が感じられます。たとえば電源電圧±11 Vでは、0.2 Aで割って55Ω以上が推奨値とされます。でも、さすがに55Ωは使えません。2パラで半分になるとはいえ、ヘッ ドホンによっては駆動電力の半分近くが熱に変換されてしまいます。ついでに音的にも、出力抵抗は10Ω以下にしたいところです。このくらいだとAKG K242では、音はちょっと丸まるものの、悪くなるほどではありません。ですので18Ωとしました。保護抵抗としては不十分ですが、出力をショートしなければ問題ないでしょう。ヘッドホンから見た出力インピーダンスは、半分の9Ωとなります。
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第5図 出力保護抵抗
ところで、MUSES 03も電源投入時にショックノイズを発生します。同様のノイズを発生するMUSES 01/02に関してメーカーと話しましたが、「技術的には抑えられるが、音質に影響する」とのことでした。おそらくは03も同じ理由で抑制していないのでしょう。ヘッドホンにダメージを与えるレベルではありませんが、それでも不快な大きさです。そこで、リレーを用いてミューティング回路を作りました。OMRON G6K-2Pを使用します。電源電圧が上昇するまで出力を短絡します。接点に信号を通すわけではありませんので、音質劣化はありません。基板ではリレーコイルの電流制限抵抗の代わりに、青色LEDを入れて動作指示灯としました。
基板を写真Bに示します。基板は2.0 tの厚さで作りました。たったの0.4 mmの差ですが、標準的な1.6 tよりもガッシリとした音像を楽しめます。

写真B アンプ基板SKHP-03
2パラならパラレル接続特有のにぎやかさは聞こえません。ですので、以前のパラレルワールド基板で使っていた電源フィルタも不要となります。それなら、パスコンはX335を使えます。OS-CONよりも重心の低い力感が加わり、弦楽器もよりしなやかに響きます。容量は大きい方が良いのですが、30μFはデカすぎですし、10μFと5μFでは違いは聞こえませんでした。ですので、小さい方とします。
ところでそのASCですが、ネット上には台湾製(?)OEM品が流通しています。何を隠そう私も買いました。しかし、リードは鉄足ですし、聞くところによるとフィルムもアメリカ製とは異なるそうです。で、私が聞いたところ、音も劣化品です。海神無線で扱っているものは、本来のレシピ通りのX335です。信頼できるお店で買いましょう。
ICソケットはスイスのPreciDipです。秋月電子でMUSES 03を買うとICソケットが付いてくるのですが、この中国製(?)は音痩せします。もっとも、基板にハンダ付けすればよいのですけど。
それからネットには、MUSESオペアンプの偽物が出回っています。ICも信頼できるお店で買いましょう。
使用部品
第2表に使用部品を示します。入出力端子は手元にあったWBT-0201を使いました。いささか過剰品質かな。コストを節約するなら、アムトランスAJ-320でしょうか。値段は1/10以下です。残念ながらこの間の価格帯で相応のものを見つけていません。
第2表 使用部品

ヘッドホン出力端子は、スイッチクラフト#12と35LJNです。この端子も重要です。ヘッドホンには音の良さそうなプラグがくっついていますが、メーカー製のアンプ側には、たいてい酷いジャックがついています。
標準ジャックは6種類ほど試しました。結果は、古典ともいえるスイッチクラフト#12がベストでした。がっちりとした構造が、かっちりとした音像に効くようです。構造がしっかりしていないと、音もふにゃっとします。同社にはベークの薄いタイプやプラスチックカバーのタイプもありますが、#12がベター。一見したところ同じ形のPRC製(?)金メッキ品も試しましたが、音はデッドコピー。死んでます。だいたい、安っぽく光る金メッキにろくなものはありません。それよりはニッケルメッキがよろしい。ン千円も払ったのにゴミ箱にポイしたジャックは複数あります。
ミニのジャックも7種類ほど試しました。こちらはスイッチクラフトの中継ジャック35LJNがベストでした。中継ジャックですがねじ込み式になっています。100円くらいの他のミニジャックを買って、ナットだけ頂戴すればパネルに固定できます。けれども、ミニはミニです。標準ほどのカッチリとした音像は得られません。手元のAKG K242は3.5 mmのミニのプラグが付いており、標準6.3 mmジャックを使用するときはねじ込み式の変換プラグを用います。接点の数で考えれば、ミニプラグ-ミニジャックが、ミニプラグ-変換プラグ-標準ジャックよりも少ないのですが、音は標準ジャックに軍配が上がります。
ところで、35LJN はGNDラグが鉄製です。NS-2Bの足以外の磁性体には音を通したくないので、電線をジャックのハウジングに挟んで締めました(写真C)。こういうしょうもないこだわりが余計ですね。で、試聴したところ変わったようには聞こえません。蛇足ですが、35LJNには金メッキ端子品もあります。これも、ニッケルメッキの方が音はよろしい。

写真C ヘッドホンジャックと電源スイッチの取付
ケースはタカチ電機フリーサイズUCSケースにて180-55-180サイズを頼みました。ヘッドホン・アンプを組み込むにはぴったりです。足はΦ35の真鍮丸棒で作りました(写真D)。購入されるのでしたら、タカチのAFS/AFMアルミインシュレーターフットAFS30-12Sがかっこいいです。なお、自作の真鍮足もタカチのアルミフットも、ケースに接着しても音は、変わったような気がするかな、くらいの違いです。

写真D アンプ正面写真
それよりも、フロントとリアパネルに取り付けた真鍮3 tプレートの方が重要、ではなくて必須です(写真E)。透明感がアップし、音の密度が高まったように感じます。プレートは、アロンアルファで接着しましたが、ずらしてしまうとたいへんなので、エポキシ接着剤がよいでしょう。なお、35LJNはネジの突起が短いですので、真鍮プレートではなく、ケースのアルミパネルに取り付けとしています。それでも、周囲のアルミパネルがガッシリとしますので、効果あります。
そのうえ、真鍮3 tシャーシが効きます。基板をスペーサに固定するだけで違いが聞こえます。音像がクリアとなり、録音されている残響がよりはっきりと聞こえます。真鍮シャーシは、9月号バランス付き電子ボリュームのアルミシャーシと比較しようと作りました。ところが、比べるまでもありませんでした。圧倒的な差です。これからは真鍮シャーシで作ります。

写真E 入出力ジャックの取り付け
配線
第6図に全体配線を示します。電源トランスは、ノグチトランスPM-09X02です。プラスマイナス独立のセンタタップ整流で使います。整流ダイオードMUSES 7001は専用基板に載せて、日本ケミコンKMH 25 V 15000μFの端子に取り付けました。

第6図 全体配線
MUSES 7001は、圧倒的に透明な音を再生してくれるダイオードです。ところが高価で売れないためでしょう。秋月電子が扱いを止めました。残念です。まあ、@2,500円はたしかに高い。MUSES 03も@2,500円ですが、2個買えばステレオにできます。ところがダイオードは、4個も買わなければ電源になりません。それを6個も使っているのですから…。
整流ダイオードを妥協するとなると、ロームSCS106AGCでしょう。同じくシリコンカーバイドです。これなら@300円です(それでも安くないですね)。秋月で売っています。シリコンカーバイドらしい立ち上がりの早い音を聞かせてくれます。でも、ダイオードをケチるよりは入力端子を節約します。
電源スイッチとブレーカをつなげば電源はできあがり。入力端子からEVR-3 typeⅡ-00に配線し、EVRからヘッドホン・アンプ基板、基板からヘッドホンジャックと出力端子、に配線すれば完成です。EVR-3 typeⅡ-00は、モデルチェンジしたEVR-323-00-ACを使います。EVR-323のほうが、解像度が高くなったというか、細かいところがより聞きやすくなっています。
シャーシGNDは、どちらかの入力端子から接続します。信号入力なしでの電源電圧は±12.8 Vくらいとなります。電線は協和ハーモネットUL3265のAWG24です。
特性
第7図に56Ω負荷時の周波数特性を示します。フラットな特性です。ちなみに-3 dB点は約700 kHzです。無負荷もほぼ変わりません。

100 kHzの方形波の出力も示します(第8図)。当然ですが、周波数特性そのままに、良好な波形です。というよりも、スルーレートで制限されていない波形というべきですね。もっとも、波形に音は表されませんね。

第8図 100 kHz方形波応答
第9図にPanasonic VP-7723Bを用いて測定したひずみ特性を示します。第9図(a)は無負荷特性です。厳密にはVP-7723Bの入力インピーダンス100 kΩの負荷です。アンプとしては良好な数値ですす。

第9図(b)は56Ω負荷。ヘッドホン負荷に近い状態です。出力電流が大きくなるためか、3.5 Vrmsあたりからひずみが増えています。といっても0.1 %以下ですから聴感上は聞こえない世界です。

第9図(c)は、かなり重たい負荷の22Ωです。このときには、1.2 Vrmsあたりから増加が見られますが、クリッピングに至るまで0.2 %以下です。MUSES 03の強力な出力段が良好な特性を支えています。

第10図には、比較のためデータシートの特性(DataSheet)を示します。図には第9図(a)の1 kHz特性をnon-Filterとして転記しましたが、メーカーでの測定に比べて30 倍以上になっています。ひずみ率と音に関係はないと確信していますが、それでも数字が悪いのは設計者としての腕の悪さが表されて気分は最低。これはフィルタを使用していない(データシート特性は400 Hz - 20 kHzバンドパスフィルタあり)ためと、測定器の限界(VP-7723Bとして点線で表示)と、インバータ照明やマイコンのスイッチング電源などがある測定環境によるものと言い訳します。ちなみにVP-7723B内蔵の200 Hz - 20 kHzバンドパスフィルタを通した特性(Filtered)は、フィルタなしに比べて1桁近くひずみが少なくなっています。いずれにしても、低ひずみ特性です。まあ、低ひずみで音が良くなるのなら簡単な話ですが。

本機の音
これまでは、EVR-3-02+MUSES 02電圧増幅段にA950 / C2120のエミッタフォロワのヘッドホン・アンプを使っていました。つまり2段のオペアンプと1段のトランジスタを通過させた信号を聞いていました。このヘッドホン・アンプも透明感の高い音を再生してくれたとうぬぼれていました。
ところが、本機で信号が通過するのは、たった1段のMUSES 03です。そしてその1段のオペアンプは、最高に透明な音色と、広いパースペクティブを再生してくれます。さらにそのオペアンプをパラレルとしてドライブ能力を倍加すると、女性ヴォーカルに色気が薫り、パーカッションの消えゆく空気振動を感じさせてくれます。
おひとついかがでしょう。音楽に浸れます。
おわりに
入手できないパーツで製作記事は書かないと決めています。ところが、MUSES 7001とノグチトランスが廃品種となってしまいました。電子ボリュームは EVR-3 の後継機である EVR-323 / 320 をご使用いただけます。本機のバージョンアップ版は、近日公開します。真鍮シャーシについては加工を承ります。メールにてお問い合わせください。
参考文献
1) 新日本無線、MUSES 03データシート
2) 別府俊幸、OPアンプMUSESで作る高音質ヘッドホン・アンプ、CQ出版、2013
(掲載 ラジオ技術2017年11月号)