EVR-3 typeⅡ電子ボリュームを使用した
EVRフラットアンプの製作
はじめに
EVR-3は、設計者としてのうぬぼれが多分にありますが、ざらつき感の少ないくっきりとした音です。音質のクリアさ、とくに音像の明確さでは、抵抗体上を接点が摺動する機械式ボリュームの比ではありません。A社やT社の最高級ボリュームと比較しましたが、優越感に浸っていられます。目標であったS社ロータリスイッチにビシェイ・デール社NS-2B無誘導巻線抵抗を用いたアッテネータと比較しても、ややにぎやかな感じはあるものの、極めて近いクオリティです。
この度、EVR-3をtypeⅡにヴァージョンアップしました。使いやすさだけでなく音のクオリティもアップしました。左右バランスの調整にも対応したディスプレイユニットEVR-DISP1 typeⅡとともにご紹介致します。
MUSES 72320
EVR-3には、新日本無線MUSES 72320を採用しました。MUSES 72320は外付けオペアンプが必要な上に、コントロールするためにマイコンも要するなど、使うのが面倒な上に、ちょっとした機械式ボリュームが買えてしまうほど高価なICです。なぜにそんな厄介なICを採用したのか。音が良いからといったらダメでしょうか。
第1図は、MUSES 72320データシートに示されるブロック図です。入力InLとInRには簡単に20kΩのボリュームが描かれていますが、じつは、ここにMUSES72320の音を秘密があります。ICのパターン上に作られる抵抗は、いうまでもなく半導体です。基本的にはFETのチャネルであり、どうしても電圧/電流特性に非直線性が生じます。つまり、抵抗には電圧依存性があります。また、レベルはMOSFETスイッチが切り替えます。FETのスイッチにはオン抵抗があります。そしてオン抵抗もまた非直線性を持ちます。電子ボリュームはどれもこれも詰まったようなシャリシャリした音になりますが、それはこの非直線性によるものと想像しています。
第1図 MUSES 72320ブロックダイアグラム(許可を得て転載)
これらの非直線性の影響を最小限に抑えるため、MUSES 72320では、3段階のネットワーク構成が採用されています。それも、単なる3段ネットワークではありません。そこに、MUSESの設計思想である徹底したGND分離が用いられています。
3段のネットワーク構成とするのでも、“ふつう”の設計では1本のGND端子が引き出されるでしょう(第2図(a))。これでは大きな減衰量を扱うために相対的に大きくなる初段のGND電流が、小レベルを扱う第2段,第3段に影響します。各段の合成GND電流の通るシリコンチップとフレームリードを接続するボンディングワイヤの抵抗は、プリントパターンとは比較にならない大きな値です。そこでMUSES 72320では、チャネルあたり3本ものGND端子を実装(第2図(b))し、GND電流によるネットワーク各段の干渉を低減しています。第1図に示されるL_REFとR_LEFがそれぞれのチャネルのネットワークGNDです。
第2図 3段構成によるネットワーク回路
(a) 通常の構成 (b) 独立したGND回路構成
MUSES 72320がMUSESオペアンプの外部使用を前提に設計されていることも同じ思想からです。オペアンプ出力段の電流変動は、GND端子に流入(出)する電流をも変化させます。オペアンプにはGND端子はないから変動することなどない、と短絡してはことを誤ります。マイナス電源電流が変化すれば、サブストレートにつながるボンディングワイヤでの電圧降下量も変わります。つまりは、ICの基底となる電位が変わります。この影響は、ネットワークのGND電流変化の比ではありません。オペアンプを別のパッケージとすれば、この電流変動の影響をなくせます。
また、3段のネットワークも同じものではありません。ひずみ特性に優れるラダー・ネットワーク(第3図(a))を初段と第2段に接続して減衰量を確保し、第3段の微調整にはリニアリティに優れる重み付けネットワーク(第3図(b))を用いています。これによって非直線性とオン抵抗の問題を回避します。
第3図 ネットワーク回路
(a) ラダー・ネットワーク (b) 重み付けネットワーク
EVR-3
EVR-3は、MUSES 72320のクオリティを損なうことなく、機械式ボリュームの使いやすさを実現するために開発しました。MUSES 72320のコントロールには、ロジック信号を要します。そこでEVR-3ではマイクロチップ社PIC16F1823を用いて、ロータリエンコーダ操作によるレベルコントロールを実現しました(写真A)。
写真A EVR-3 電子ボリューム基板
ところで、PICもクロックで動作するマイコンです。近接配置すれば、デジタルノイズによる音質劣化が懸念されます。このためPICの動作はロータリエンコーダ操作時のみに限定し、操作より約1秒でスリープ状態としてクロックを停止させてデジタルノイズの発生を抑えます。
電源には、定電圧回路を用いない方がオペアンプにとっては音質的に有利です。ところがオペアンプの電流変化は電源を介してMUSES 72320に干渉します。そこで別基板としてレギュレータを内蔵しました(写真B)。
写真B EVR-3 レギュレータ基板
定電圧回路は、基準電圧にシャントレギュレータNJM1431を用いたトランジスタ1石レギュレータです。細かい話ですが、このレギュレータのトランジスタによっても音は変わります。TO-92パッケージながら800 mAも流せる東芝2SA950 / 2SC2120は、アンプに用いてもクッキリとした力強い音を聞かせてくれますが、電源でも同じ傾向となります。ちなみに431は、4社ほど試しましたが、それほど音は違いません。オペアンプとMUSES 72320のパスコンはASCです。これは効きます。レギュレータの前と基準電圧に並列のOS-CON SPも効いています。
EVR-3には、プラスマイナスの2電源で動作させられるよう、デジタル電源もオンボードで用意しました。デジタル系の定電圧回路は音への影響はほとんどありませんので三端子レギュレータです。
EVR-3 typeⅡ
2012年に発売したEVR-3を、typeⅡにヴァージョンアップしました(写真C)。typeⅡは、音質面でも大きく向上させました。
まず、プリント基板を標準的な1.6 mmから2.0 mm厚にアップです。わずかの厚みの違いですが、これは効きます。音の派手さが押さえられます。音像の明確さがアップします。
そして固定用の真鍮パネルです。こちらも思った以上に効きました。じつは、音のためではなく、華奢なM9ナットでケースに取り付けていたためのぐらつき感をなくすために作りました。ところが基板への制振効果が半端ではありません。ケースに取り付けるまでもなく、ざわついた感じがぐっと抑制され、ハーモニーがより美しく聞こえます。機械式ボリュームがツマミによって音が変わることは、試した人は経験されたかと思いますが、電子ボリュームだと甘く見ていたようです。パネルはコスト度外視で真鍮3 mm厚としました。3本のM3皿ネジで固定しますので、ぐらつき感もなくなります。ケース側にはΦ3の穴が3個増えますが、それだけの価値はあります。
写真C EVR-3 type II
EVR-3 typeⅡのボリューム調整
より使いやすくするようEVR-3 のコントロールプログラムもヴァージョンアップしました。まず、調整ステップは、1 dB / 2 dBを切り替えとしました。ステップアッテネータを使っていた頃には、ショックノイズを避けるため、パワーオン前に毎回-∞に絞っていました。そのため、つまみを回して-∞から常用レベルに上げる操作を考えていました。
その一方で、EVR-3ではパワーオン時から約300 msec後に音が出るようにプログラムしていました。つまり、使う度に-∞から使用レベルまで上げる必要はありません。そうなると、いつの間にかレベルを絞ってからパワーオフする習慣もなくなっていました。そうこうしているうちに、より細かく調整したくなりました。
この切り替えはEVR-3 typeⅡ単体で(つまりEVR-BALCONやEVR-DISP1を使わないで)できるようにと考えました。ただし勝手に切り替わっては困ります。そこでボリュームを-∞まで絞ってから1秒待ち、それから左に10クリック回したときに1 dB / 2 dBステップを切り替えるようにしました。切り替わり時には、EVR-3 typeⅡのイエローLEDを1回または2回光らせて設定を確認できます。
また、typeⅡは単体でフラットアンプとしての使用も可能となるよう、音量調節範囲を-60 dB~+26 dBへと拡大しました。電子ボリュームで増幅できるようになると、「ボリューム」ではなくなります。なぜなら、電子ボリューム単体でアンプになるからです。これを「電子ボリュームのパラドクス」といいます。
EVR-3では電子ボリュームのパラドクスを避けるためにゲインを+8 dBまでとしていましたが、せっかくMUSESオペアンプを使っているのですから,ゲインを利用しない手はありません。アンプ内部(写真D)を見ておわかりいただけるように、フラットアンプなのに電源の他には電子ボリュームしか入っていません。どうやらEVR-3 typeⅡは、このパラドクスに陥ってしまったようです。
写真D シャーシ全景
さらに左右のバランス調整も加えました。機械式ボリュームでレベルと左右バランス調整を設けるには、Aカーブのボリュームに加えMNカーブのボリュームと、2組の接点を通過させることになります。この音質劣化を嫌って左右バランス調整のないアンプを作っていました。が、考えてみればMUSES 72320は、もともと左右のチャネルを別々に設定できます。そこで-40 dBまで左右バランスを動かせるようにしました。
バランス調整にはディスプレイユニットを使用します。
EVR-DISP1 typeⅡ
EVR-DISP1 typeⅡ(写真E)は、ノリタケ伊勢電子VFD表示ユニットを搭載したディスプレイ+リモコンユニットです。マルツ電子LV1-REMOCONと組み合わせてリモコン操作を可能とします。typeⅡでは、レベルに加えて左右のバランス調整も可能としました。
写真E EVR-DISP1 typeⅡ
EVR-DISP1 typeⅡも音を最優先に設計しました。ディスプレイユニットもPICマイコン(PIC16F1827)を用いてコントロールしていますので、デジタルノイズによる音質劣化が考えられました。そこで操作から2秒間だけレベルを表示した後、マイコンをスリープさせてクロックを停止するようプログラムしました。リモコン信号を受信したときには、割り込みによってPICを復帰させます。まあ、じつのところはEVRと接近していないので、聴感上の劣化はなかったのですが。EVR-DISP1とEVR-3は8ピンのフラットケーブルで接続します(写真F)。
写真F EVR-3とEVR-DISP1の接続
バランス調整は、MNカーブと同じく、センタで左右の減衰量を-0 dBとして、左に寄せると(回せば)右チャネルを減衰させ、右に寄せると左チャネルを減衰させます。
当初、減衰量を“正しく”減衰しているように表示してみました。たとえば、右にバランスを寄せたときに「L: -3 dB R:-0 dB」のように表示します。ところが、この表示をみてバランスを真ん中に戻そうとリモコンの“R”を押すと、L側の数値が小さくなります。そして「L: -0 dB R:-0 dB」となってからリモコンの“L”を押せば、R側の数値が小さくなります。これは、頭で分かっていても混乱します。慣れるかと思って2日ほど練習していましたが、無理と諦めました。ですので、“L”を押せば「L: +5 dB」のように、左右の相対差を表示しました(写真G)。
写真G バランス使用時
バランスがセンタにあるときには、レベルだけを表示します(写真H)。
写真H バランス・センタ時
やはり、リモコンはありがたいです。ディスプレイユニットと組み合わせてからは、ロータリエンコーダを回すことはほとんどなくなりました。
フラットアンプ
フラットアンプは、タカチ電機工業UC26-7-20DDケースに組み込みました。ケースとシャーシの加工およびフロントパネル文字入れは、タカチ電機工業のカスタム加工サービスを利用しました。
回路接続を第4図に、使用部品を第1表に示します。電源トランスにはノグチトランスPM-09X02をプラスマイナス独立で使用し、それぞれMUSES 7001ダイオードを用いてセンタタップ整流します。
typeⅡでは、オペアンプ回路で一般的に使用される±12 Vでも動作可能なように使用範囲を±11.5 V(最低値)~±24 V(最高値)と拡大しました。使用電圧範囲を拡大しましたので、電源トランスをサイズダウンできました。もちろん音質はダウンしていません。電源トランスは大きい方がよいとの俗説がありますが、まったくの迷信です。大きくても音の悪いトランスはいっぱいあります。
第4図 本機の接続
第1表 使用部品
大きさよりも音のためには、プラスマイナス独立トランスは必須です。どのようなアンプ回路であっても、プラス電源とマイナス電源の電流波形は異なります。このアンプの電源電流は、電源トランスにも流れます。プラスとマイナスの成分が磁気となってコアの中で干渉します。非直線性の大きなコアの中での干渉ですので、悪影響も大きいと考えますが、本当のところはわかりません。いずれにしても、トランスをプラスとマイナスに分けることにより、音源の明確さと音場の広さ、そして定位感がアップします。
ブロックケミコンは、日本ケミコンKMH 25V 22000μFを使用しました。ここは一回り小さな25V 15000μFでも音の違いは感じません。小さい方が良いでしょう。立てるとケースに入りませんので、Lアングルを使用して横向きに固定しています。
ブロックケミコンの端子に直接ネジ留めできる整流基板を作りました(写真I)。それぞれの基板でセンタタップ整流します。この基板は、接続を変えればブリッジ整流にも使用できます。この整流基板によって、配線がグッと楽になります。圧着端子も不要となりました(この時点では、基板を使ってブロックケミコンを横向きに取り付けることまでは考えついていませんでした)。
写真I ケミコンに取り付けた整流基板
入力端子には手元にあったスーパートロンを使用しましたが、残念なことに製造中止品です。W通商の後継モデルらしきロジウムメッキ品は、高域のキツい音がします。音質劣化品です。金に糸目をつけないのであればWBT-0210 Cuをお勧めします。高価ですが、しっかりと安定した音を聞かせてくれるジャックです。WBTの外形を真似たジャックがありますが、音はまったく真似できていません。外形を真似るよりも,音を真似てほしいものです。もうちょっとお安くというときは、モガミ・ネグレックス7552でしょう。
ケース内の配線には協和ハーモネットUL3265-24 (AWG 24)を用いています。嫌な音のしないケーブルです。アンプのケース内配線には、間違っても同軸ケーブルを使用してはいけません。どんなに悪影響の少ない同軸ケーブルであっても、線間容量と配線のリアクタンスによって、キラキラしたピーキーさが音につきまといます。それよりも非同軸線が良好になります。
電源スイッチはIDEC、LB6ML-A1T64PWです。ホワイトLED内蔵の照光スイッチです。LEDは24 V用ですが、18 Vで光らせています。それでも明るすぎる感じです。サーキットプロテクタはIDEC、NRF110-2Aです。ヒューズよりはサーキットプロテクタの方が、音がクッキリと太身になります。NRF110は2Aでも1Aでも音は変わりません。
電源スイッチオンオフ時のノイズキラーには、0.22μFと120 Ωを直列に使用しました。偽ASCと金属皮膜抵抗が使われていますが、ここは音に関係しないので銘柄指定はありません。
フラットアンプ組み立て
電源トランスの1次側も向きが揃うように配線します。わずかな差ですが、シャーシとAC電源のGND(地面)との結合が変わりますので、シャーシ電位が変わり、音も変わります。ACコンセントの向きを変えたときの音の違いです。まあ、音はすべてわずかなことの積み重ねですね。
EVR-DISP1は、セメダインスーパーX2を用いてパネルに接着しました。スペーサとパネルの接着面を無水アルコールで拭いてから接着剤を塗り、貼り付けて適当な重しを載せて半日くらい放置します。VFDのディスプレイ面に接着剤が付くと取れませんので、着かないよう養生して作業してください。
シャーシは3 mm厚のアルミ板です。同じ大きさにカットした3 mm厚のソルボセインを底板に敷き、その上に載せています。接着剤は使いません。ソルボセインの粘着性で、逆さまにしても外れません。シャーシを弾いたときの音がダンプされて気分的には良いのですが、再生音が変わったような気はしません。もっとも、EVRが固定されているのはペラペラのフロントパネルです。そのパネルには、シャーシで押さえられたソルボセインが押しつけられ、パネルを触ったときのペラペラ感が低減されます。これは気分がよろしい。
シャーシGNDは、どちらかの入力端子のGNDから線を引き出して、上下のカバーを固定するサイド金具とケミコンを取り付けているLアングルに接続します。シャーシとカバーはソルボセインが間に入るので絶縁状態です。
音
回路的には同じなのですが基板とスペーサによる防振によってtypeⅡは、EVR-3の弱点であったにぎやかさを押さえ、よりクッキリとした解像度の高い音を聞かせてくれます。我が家ではバランスタイプEVR-3Bを並列にして使っていたのですが、それよりもtypeⅡがクリアに聞こえます。
NS-2Bで作ったアッテネータのクオリティを、ついに超えた気がします。
参考文献
(1) MUSES 72320データシート、新日本無線
(掲載 ラジオ技術2017年5月号)