バッテリー駆動
MUSES 05 + MUSES 72323 使用
EVR-323XX ヘッドホン・ドライバ
はじめに
パラレル“バッテリー”ワールド 7(写真A)は、その名のとおり、バッテリー電源のパワーアンプです。チャネル当り12パラの MUSES 03 を36個のバッテリーで駆動します。その音は、とにかく「静か」。楽器からの音がホールにこだまして、ゆっくりと消えゆくあの感じを味わえます。「静寂」と言っても、じつは小さな響きが数多く隠されているのですが、その響きを隠していた“ざわざわ”感を、バッテリー電源は極めて小さくしてくれます。
写真A パラレル“バッテリー”ワールド7
バッテリー駆動パワーアンプを聞くと、ヘッドホンドライバもバッテリー駆動にしたい、となります。そう考えたのが本機 EVR-323XX(2023モデル)の始まりでした。音量調節に日清紡マイクロデバイス(旧新日本無線)MUSES 72323 を、出力段に MUSES 05 をパラレルで使用するとの構想は、すぐに固まりました。
基板はもちろん「真鍮基板」とします。エポキシ基板と真鍮基板の差は、EVR-323 ヘッドホンドライバ(2021モデル、写真B)
写真B EVR-323 ヘッドホンドライバ(2021モデル)
と EVR-323X ヘッドホンドライバ(2022モデル、写真C)で確かめました。同じ回路、同じ電源、(ほぼ)同じ部品で基板を変えると、同じ音なのにより細部を感じられます。「真鍮基板にしただけでこんなに音が変わるとは思わなかった。意外」との評価をいただきましたが、同感です。高剛性基板の緻密な音は、パーツや回路をいくら工夫しても得られません。せっかくオペアンプを MUSES 03 から MUSES 05 にバージョンアップするのですから、基板をバージョンダウンしたくはありません。
写真C EVR-323X ヘッドホンドライバ(2022モデル)
MUSES 05
日清紡マイクロデバイス(旧新日本無線)の MUSES 05 は、FET入力オペアンプです。写真Dに MUSES 03 と並べて示しますが、大きさは、たったの 4.5×5.0×0.8 mm。この中にチップが二つも入っているのに回路はシングルです。
なんとまあマニアックというか、クレージーというか・・・。メーカーだけではありませんね。このICを使う人も。
写真D MUSES 05(左)と DIP パッケージの MUSES 03(右)
とんでもないパッケージとされたのは、ひとえに放熱のためでしょう。最大消費電力は、2層基板で 940 mW、4層基板では 3500 mW にも達します。ちなみに、MUSES 03 は 870 mW。ほぼ4倍です。
最大出力電流は、03 と同じく Io = 250 mA を誇ります。ただし、出力電流を大きくすれば、パッケージでの電力損失も大きくなります。たとえば、4Ωの負荷を8個の MUSES 05 でドライブする(こう考えること自体がクレージー!)なら、オペアンプ1個あたりの負荷抵抗 RL は、
RL = 32Ω
です。このとき、ピーク出力電流時の電圧 Vo は、
Vo = 32×0.25 = 8 V
ですから、オペアンプ1個からの負荷への供給電力 PL は、
PL = (1/2) Io×Vo = 1 Wrms
です。ここで、電源電圧 Vcc = ±18 V とすると、電源からオペアンプへの供給電力 P は、
P = 2 Vcc×Vo /πRL ≒ 2.86 Wrms
にも及びます。ですから、オペアンプでの損失 Pcir は、
Pcir = P - PL = 1.86 Wrms
となります。
これだけの熱量を放出できなければ、IC は焼け死にます。もちろん、周囲温度 25℃にて 870 mW のパッケージでは不可能です。いまだから白状しますが、これよりも小さな消費電力の状態でしたが、私は、MUSES 03 を3個も煙を噴かせました。ところが、MUSES 05 はきちんと放熱すれば使える範囲内です。
さて、MUSES 05 の裏面には2カ所の放熱パッドが設けられています(写真E)。このパッドは、電気的には「マイナス電源 V- に接続またはフローティング状態」が指定で、サウンド的には「フローティング状態」が推奨です。ただしこのとき、それぞれの放熱パッドを電気的に接触させては NG となっています。この制限は、おそらく、それぞれのパッドの上にシリコンチップが載っているためだと思われます(分解していませんので推測です)。
写真E MUSES 05の半田面と部品面
SHKP-05X 基板
放熱パッドからの放熱のため、プリント基板の部品面側をベタGNDとします。放熱パッドとはソルダーレジストで絶縁します。ソルダーレジストは20μm 程度の厚みですから、熱抵抗はほとんど無視できると思われます。
また、吹けば飛ぶような MUSES 05 です。ガッチリと支えなければ真価を発揮してくれないでしょう。真鍮基板とすれば DIP 変換基板とは比較にならないクッキリとした音を聞かせてくれると考えます。
さらに、デッドマスも載せたい。極小のパッケージに剛性は望めません。DIP パッケージにデッドマスを載せると効果があるのですから、それを上回るのは間違いないでしょう。ですけど、この面積のパッケージにデッドマスを接着するのは厳しい。仮にできたとしても、基板のランドに付けたハンダが振動に揺さぶられます。これでは、機械的強度が不足です。
どうしたものかと二ヶ月考えました。その仕掛けを仕込んだ SKHP-05X 基板に MUSES 05 とピンを取り付けたところがこちら(写真F)。MUSES 05 の両サイドに配置したピンで、デッドマスを支えようとの作戦です。
写真F MUSES 05 とピンを取り付けた SKHP-05 基板
ところで、MUSES 05 は FET 入力オペアンプです。一部には「ゲート電流が流れないから FET は音が良い」との信仰がありますが、どうしてそんな結論になるのか、わけがわかりませんねえ。まあ、どうでもよい。FET 入力でもBJT入力でも、音の良いオペアンプはめったにない。ゲート電流云々の話ではないですね。
そんなことよりも、FET 入力オペアンプには入力オフセット電圧が大きいという弱点があります。入力オフセット電圧は、回路ゲイン倍されて出力のオフセット電圧として表れます。たとえば、入力オフセット電圧 1 mV のオペアンプを 20 倍(+26 dB)のゲインで使えば、出力には 20 mV のオフセット電圧が表れます。
データシート上は MUSES 05 も MUSES 03 も、入力オフセット電圧の標準値は 1 mV です。これくらいなら、まったく問題ありません。ところが、最大値は MUSES 03 は恐ろしいことに空欄。MUSES 05 は、なんと 10 mV です。ということは、ゲイン 20 倍のパワーアンプに使ったなら、200 mV もの出力オフセット電圧です。これは大き過ぎ。パワーアンプであっても±50 mV 以下には押さえたい。
では、ヘッドホンドライバなら何 mV までとすべきか。数字に根拠はありませんが、最大振幅はせいぜい1~2 V なのですから、感覚的にはその 1/100 として 10 mV 以下には押さえたいところです。本機は EVR-323X ヘッドホンドライバ(2022モデル)と同じくゲイン3 倍(+9.5dB)の計画です。そう考えると、入力オフセット電圧は 3.3 mV 以下でなければなりません。
さて、MUSES 03 なら入力オフセット電圧の大きな個体でも、ソケットで差し替えできます。ところが、MUSES 05 は音の点からも放熱の点からも、変換基板を DIP ソケットに差し替える手は考えません。 ということは、基板にハンダ付けされた個体が大きなオフセットを示したなら、交換するしかありません。以上の理由にて、MUSES 05 だけをハンダ付けした SKHP-05X 基板に抵抗を仮付けしてオフセットを実測しました(写真G)。
写真G MUSES 05 のオフセット実測中
結果は、4個のうちの1個がオーバー。ホットプレートを IC の保存温度 (-50~+150℃)範囲内の130℃に設定して基板を温めて、太めのコテ先を使ってハンダを溶かし、IC を外して交換しました。
部品をすべて載せた基板と真鍮ベースを写真Hに示します。ベースは20 mm 厚です。2 mm のバスタブを掘ってあり、ここにエポキシ樹脂を充填して固めます。プリント基板は真鍮ベースと一体化されて高剛性となります。この状態でピンを横に押すと、基板がわずかにしなる感じがありますが、充填後はガッチリと固定されている触感となります。
写真H SKHP-05 基板と真鍮ベース
アンプ回路の構成
MUSES 72323 も真鍮基板に載せました(写真I)。さらにカプリングには、ASC X363 を使用します。それも、銅足タイプです。カップリングには、私が聞いた限りで最高のキャパシタです。
写真I MUSES 72323 を搭載した EVR-323XX 基板
図1にアンプ回路を示します。MUSES 72323 を載せた EVR-323XX 基板と、MUSES 05 を載せた SKHP-05X 基板の間を、ベルデン RBT20276 の AWG24 サイズ(BEL-RBT20276 2PX24AWG)を用いて接続しました。ベルデンのケーブルは塩ビの黒色シースを被せたままでは音がボケますから、シースを取り除いて中の線だけを用います。また、ケース内にハムノイズ源はありませんが、外部からの誘導を受けたくはありません。ケーブルはきっちりと撚って配線しています。
図1 アンプ回路の構成
入力の RCA ジャックはモガミ・ネグレックス 7552、ヘッドホンジャックは Switchcraft #12 と 35LJNS です。 ケースはタカチ HY70-23-23D を使いましたが、両サイドのヒートシンクはお飾り状態です。フロントとリアのパネルの内側には真鍮 3t のサブパネルを貼り付け、そこにジャックを取り付けています(写真J)。
写真J 真鍮サブパネルに取り付けたモガミ・ネグレックス 7552 ジャック
バッテリー電源回路の構成
EVR-323XX ヘッドホンドライバ(2023モデル)を写真Kに示します。左側に LONG WP1.2-12(12 V 1.2 Ah)バッテリーを3個並べ、真ん中に KMH 25 V 15000μF を2個とリレーボードを、右側の奥にEVR-323XX ボード、手前に SKHP-05 ボードを載せています。
バッテリーは、手前からデジタル系 +VDD、アナログ系の -Vcc と +Vcc です。デジタル系は 6 V で十分なのですが、適当な大きさのバッテリーが秋月電子で売っていないため、充電したエネルギーの半分以上がムダになるのですが、同じ 12 V バッテリーとしました。
写真K EVR-323XX ヘッドホンドライバ(2023モデル)
バッテリー電源の構成を図2に示します。それぞれのバッテリーに載せた電圧チェック基板には、基準電源とコンパレータを載せてあり、バッテリーの最低電圧/充電電圧を検出します(図では省略していますが、最低/充電の2回路です)。検出信号は、フォトカプラを通して充電コントローラ基板へと送ります。充電コントロール基板のデジタル系 GND は、アナログ系 GND と共通になっていますが、電圧チェック基板はフローティングにしてあります。
じつは当初、PIC に内蔵の A/D でバッテリー電圧を監視したのですが、ノイズを発生させてしまいました。そのために電圧チェック基板方式に変更してノイズを消したのですが、同時に、音もグッとまともに激変しました。
教訓を再度胸に刻みます。電源に余計なものをつないでは、絶対にダメです。わかっていたつもりでも、やってしまいました。
図2 バッテリー電源の構成
アンプの ON/OFF には、オムロン G2RK-2 ラッチングリレーを用いました。ふつうのリレーは操作コイルに電流を流して接点を動かしますが、これではアンプを使っている間中ずっと電流を消費します。AC 動作なら 0.5 W の消費電力は問題となりませんが、バッテリー駆動ではもったいない。アンプのアイドリングよりも大きな消費です。そこで、2巻線ラッチングタイプを採用しました。2巻線ラッチングには、ON 用、OFF 用の2個の操作コイルが内蔵されており、ON/OFF 切り替え時にだけ電流を流すので、バッテリー消費の心配はなくなります。
ところで、「バッテリー電源であればネジ端子のケミコンは必要なくなるだろう」と考えてパラレル“バッテリー”ワールド7 を作り始めたのですが、気になって試聴すると、あったほうがよい。中高域の解像度をアップします。日ケミ KMH 25 V 15000μF は、リレー接点の下流に配置して、そこから EVR 基板とアンプ基板に配線します。ちなみに、パワーオン時には定格通電電流(5A)の倍以上が流れますが、信頼の G2R です。まったく問題なく動作しています。
電圧チェック基板には、充電回路も載せています。図3にバッテリー充電回路の構成を示します。それぞれの電圧チェック基板にフローティングタイプの DC-DC コンバータを載せています。これによって、1個の AC アダプタで3系統のバッテリー充電を可能としました。
図3 バッテリー充電回路の構成
充電コントローラ基板では、AC アダプタからのラインを両方ともフォトスイッチで ON/OFF します。もちろん、片側でも充電は ON/OFF できます。ところが、ラインを切っても AC アダプタは ON のままです。これでは、つながった側のラインからノイズが飛び込んで、かなりの影響となります。細やかな音を聞かせてくれる MUSES 05 なのに、金属質の固い音にしてしまいます。
組み立て
タカチ HY70-23-23D ケースでは底板と天板の間に、真鍮のシャーシとバッテリー、その上に電圧チェック基板、を入れるだけの高さがありません。そこで、真鍮 3t 板で底板を作りました。上面からみた EVR-323XX ヘッドホンドライバを写真Lに示します。前後に若干の隙間はありますが、左右はほとんどギリギリで収めています。充電コントローラ基板はリアパネルの内側に固定して、充電チェック基板と8芯のフラットケーブルで接続しました。
写真L ケース上面から
デッドマスは、「IC の両サイドに立てたピンで倒れないようにできる」と考えたのですが、MUSES 72323 はそこそこ面積があって安定しますが、MUSES 05 ではグラつきます。そこで、ジュラコンを削ってホルダを作りました(写真M)。
写真M デッドマスとホルダ
デッドマスとホルダを載せたところを写真Nに示します。接着はしていませんが、グラグラすることはありません。上板の内側には 3 mm 厚のソルボセインを貼って、デッドマスが抜け落ちないように押さえています。
写真N IC にデッドマスとホルダを載せたところ
フロントパネルを写真Oに示します。3色の LED はバッテリーの充電状態を表示します。電源スイッチはモーメンタリ・タイプとして、アンプの ON/OFF もリモコンで操作できるようにしました。
写真O ケース正面から
2023モデルの音
MUSES 05 は特殊なパッケージですから、当初は DIP8 変換基板に実装して MUSES 03 と差し替え試聴しました。いや、すごい。MUSES 03 もしっかりとした音像を聞かせてくれるオペアンプですが、それをさらに細やかに表現します。さらにバランス感がよい。下から上まで特定の帯域での不満がありません。いいです。ですけど、予想どおりというか当然というか、変換基板によっても基板に立てるピンによっても音が変わります。しっかりと支えてやらなければ、実力をすべては発揮できなさそうです。
SKHP-05X 真鍮基板に載せた MUSES 05 は、想定どおりというか、思ったとおりというか、解像度が高くなって、さらに透明になったかのように聞こえます。変換基板ではキシキシした固さが残されていたこともわかりました。真鍮基板ではコントラバスも、チェロも、ヴィオラも、ヴァイオリンも、しなやかな弦の響きを聞かせてくれます。
デッドマスを載せると、同じCDの音を聞いているのですが、それぞれの音像のエッジが立ち、よりクッキリと音場空間を感じられるようになります。ライブの空気感をよりよく再現するとS君が語りましたが、同感です。デッドマスの効果はパッケージが小さいためでしょう、DIP の IC よりも大きいです。
「いままで聞こえなかった音が・・・」なんて文字が 3, 40年前のオーディオ雑誌では踊っていましたが、EVR-323XX(2023モデル)に、新たに聞こえるようになった音なんてありません。すべて聞こえていた音なのです。それらがスッと鮮明になった、というか音と音の間がより磨かれて、グッと静かになった、そんな感じです。
我が家では、MUSES 72320 を使用した EVR-X を使っています。左右、プラス・マイナス、MUSES 72320 と MUSES 03 の各段、すべてを独立電源トランスとした電子ボリュームです。デジタル系と合わせて9個の電源トランスで駆動された EVR と比べても、いい感じです。気持ちよく鳴ってくれます。それに、静かです。バッテリー電源の静寂さが広がります。空気が澄んで、よりクッキリと見えるかのようです。
ただ、プラス・マイナス別バッテリーではありますが、左右と各段は共通です。EVR-X と比べると、左右の空間の広がりというか、充実度に聞き劣りします。これは電源トランス、じゃなかった、バッテリーを左右と各段に分けるしかないな。ここまで鳴ってくれているのですから。
最後になりましたが、基板を作ってくれたS君とIさん、ありがとうございました。