MUSES 72320 を用いた電子ボリュームEVR-X
はじめに 良い音とは
再生装置の音を良くするために、どう「良い音」を判断するのか。私のわずかな経験を述べましょう。私は、なにかを試み、それで音が良くなったのか、悪くなったのか、変わらなかったのか、を試聴して判断します。判断はすべて、聞いた経験です。聞けなくて留保したことは多数ありますが、聞かずに決めたことはありません。
「こうすれば良くなるだろう」と思いついて比較するのですが、変更前と変更後を聞き比べます。「良くなるはずだ」と考えて試聴を省略したりはしません。白状すれば、「良くなるはず」と考えたのに、聞いたら悪かった経験は多数です。ですから、「はずだ」と決めつける自信がありません。自分の聴覚は信じていますが、思考は疑っています。
そして自分の聴感を信じていますので、ひずみ率や低域共振周波数の数字で判断することはありません。他人の、たとえ評論家の大先生であっても、ご宣託を鵜呑みにすることもありません。100万人が良い音だと言おうと自分に嫌な音が聞こえるのなら、それは「私にとっての悪い音」です。
では、どう聞こえる音を「良い」と判断するか。
音を聞き分ける
ずっと以前、ある試聴会に参加したときのことです。スピーカの聞き比べでした。
参加者のひとりX氏は、オーケストラ、ピアノ、室内楽、ソプラノなど、すべてのスピーカで5種類のソースを鳴らされていました。氏によると「ソースによって自分の評価が異なることがある。だからいろいろと聞かないと総合的判断ができない」とのことでした。
そのとき私は「そうか。人によって聞き方が違うのだ」と気づいたのですが、幸か不幸か私には、ソース(自分の手持ちの)によって、判断が異なった経験がありません。念のために記しますが、私はX氏の聞き方を批判しているのでも褒めているのでもありません。ただ、「私とは違う聞き方をしている」と認識しただけです。聞き方が違うのだから、おそらくは異なったポイントを重視するだろう。異なったポイントに注意を向けるのだから、私とX氏で良し悪しの判定も違って不思議はない。と考えているだけです。
何百回、ことによると何千回かもしれませんが、私も比較試聴してきました。けれども、ある日オーケストラで聞いて、3日後にヴォーカルで比べて、結果がひっくり返った経験はありません。
自分で試したことしかありませんが、慣れたCDのCとDを使わせてもらえば(そうでないと、どんな音が入ったCDなのかわかりませんので)、Cを装置AとBの両方で聞き、Dをどちらか一方で鳴らしてもらえば、AかBのどちらで再生したかを当てる自信はあります。
おそらく、ほとんどのマニアは同じことができるでしょう。
極端な例ですが、5センチのPCスピーカと38センチウーファの4ウェイを比べれば、どんなに小さな音で鳴らしたとしても、どちらが鳴っているかを当てられます。まあ、このくらい違えば、知らないソースでも判ります。2種類のスピーカの音を覚えているから、どちらが鳴っているか識別できます。業務用で人気のバスレフスピーカなど、お店に入ったとたん100 Hzあたりのボワンボワンした音でB社と判ります。その覚えた音が聞こえるから「ここもか・・・」と思ってしまいます。
アンプも同じです。真空管アンプとトランジスタアンプの違いなど、分かりやすいところです。真空管がEL34なのか6CA7なのかは私にはまったく分かりませんが、真空管か半導体なのかは分かります。真空管に共通する音は覚えています。そして半導体に共通する弱点も分かっていると思います。
抵抗もNS-2Bと1/4 Wカーボンくらいの差があれば、入力抵抗1本交換すれば違いは分かります。ただ、差動回路の共通ベース抵抗あたりとなると微々たる差となります。Dを一発聞いただけでは分からないかもしれません。ですがDを用いて両者を聞かせてもらえば、どちらがNS-2Bかは当てられるでしょう。
ソースを覆い隠す音
スピーカや回路やパーツやケーブルなど、再生装置に係わるデバイスには、すべてに固有の音があります。そして固有の音は、すべてのソースにプラスされます。固有音によって、ソースに録音されている音は覆い隠されます。
たとえば、ブーブーと鳴るバスレフは、チェロもコントラバスも同じ音色にしてしまいます。チンチンと鳴るメタルドームは、クラリネットもオーボエも特定の音階だけを強調し、他を聞こえなくします。このように特定帯域のピーク音は、それ以外の帯域を聞こえにくくします。
そう考えると、マイナスされる音も固有音と見なせます。バスドラムの質感もベースの音階も放射しないPCスピーカは、“狭帯域”の固有音を付加するために特定帯域を聞こえなくすると考えられます。
アンプのパーツでは、スピーカほどに帯域を狭める固有音はありません。ですが、回路であれ、素子であれ、ケーブルであれ、絶縁材料であれ、ケースであれ、信号変換と増幅に係わるデバイスは例外なく、すべてのソースにデバイス固有の音を付加します。
ブーンとうなるハムノイズは、低音だけでなく中音までもディテールをわからなくします。機械式ボリュームは、フルートにもトランペットにも曇ったようなザラついた、ボケッとした音を付加します。楽器の音色を濁らせ、あるいは消し去り、モノトーンの音色にしてしまうオペアンプもしかり。あるいは“音場が狭い”などと記しますが、三端子レギュレータは例外なく、オーケストラも弦楽四重奏もスピーカの近傍にだけ音をまとわりつかせます。
デバイス固有の音は、すべてのソースにつきまといます。そして、ソースに録音されている音を覆い隠します。
すべてにつきまとう固有の音
たとえば、無伴奏ヴァイオリンを聞いて、カップリング・キャパシタを比較したとします。そして、あるフィルムコンにピーキーな響きを聞き取ったとします。このピーキーな響きに気付けば、オーケストラでもテノールでも、それが判ります。電子楽器、たとえばエレキでもシンセでも、ピーキーな響きは聞こえます。ですから、ポップスやロックを聞いても判ります。
また、ヴァイオリンでピーキーな響きを聞き取ったときに頭の中で、「音がこう違って聞こえた」と分析しています。この分析より、ヴォーカルではこう聞こえるだろう、ピアノならこう響くだろうと想像できます。ですから、ソースを変えてもその音をみつけられます。
そして、ヴァイオリンで「悪い」と感じたのなら、その固有音を「嫌い」と私の脳は判断しています。ですからピアノでもロックバンドでも、同じように判断します。結局のところ私は、装置やアセンブリやパーツの音を聞き、その固有の音に対して嫌いかどうかを決めていると思われます。
つきまとわない音
いずれにしても、スピーカや回路やパーツやケーブルなどの固有音は、すべてのソースにもつきまといます。そしてあらゆるソースで、録音された響きや音色や音場感や定位感を覆い隠します。固有音をなくせばなくすほど、それぞれのソースに録音された響きや音色や音場感や定位感が再生できるようになります。演奏家による音色の違いをよりはっきりと、デッドなスタジオはデッドに、ライブなホールはライブに、聞こえるようになります。
ソースを違えても聞こえる固有音、いいかえれば、あらゆるソースに「つきまとう音」が、私にとっての悪い音です。残念ながらすべてのデバイスに、つきまとう音はあります。ですが、その中でより気にならないほうを私は、良い音と判断します。なぜなら、ソースに含まれる音をよりはっきりと聞かせてくれるからです。気になる音、すなわち悪い音を取り除く作業が、私の再生装置づくりです。
プリント基板の音
石塚峻氏は「プリント基板に乗せられたらダメ」と言われます。しかるに基板を使わない空中配線には、超絶技巧を要求されます。何を隠そう私も試みたことはあります。ディスクリートの差動回路でした。しかし私の配線能力と忍耐力では、音が出る前に頓挫しました。ですので、どんな音がするのか聞いたことはありません。
私にも聞こえた違いは、プリント基板の厚みです。EVR-3 typeⅡでは基板を1.6から2.0 mmに変更しましたが、わずか0.4 mmの差でも、若干の音像定位感アップにつながります。さらに3 mm厚の真鍮スペーサを取り付けると、音はグッと明確になります。アンプ基板もシャーシに取り付けると音が変わりますが、EVRは基板が小さいためか、スペーサの効果は小さくありません。
基板厚みの2乗で、つまり2 mmのプリント基板を20 mmの真鍮ベースに接着したのですから100倍の差となるのが、“真鍮基板”です。ラジオ技術2016年10月号のパラレルワールド4アンプでご紹介しましたが、故大春五郎師のセラミックベース基板を模した基板です。とにかく、音の密度が違うように聞こえます。レースのカーテン越しに見ていた光景が、パッとカーテンを開けたようにディテールが聞こえ、細部が分かると同時に空間的パースペクティヴも広がって感じます。
なぜ真鍮基板で音が違うのか。おそらくは、ではなくて、これしか理由を思いつかないのですが、パーツに流れる電流によって生じる微小振動が、他のパーツに伝わるのを防いでいると考えます。パーツの振動そのものを止めることはできませんが、自らの振動だけであれば“変調”は起こらないものの、他のパーツからの振動が伝わってくると,その振動が信号を“変調”してしまうと空想しています。ただし、この空想に実験的裏付けはありません。ただ、ヘッドホンで聞いても違いは瞭然です。ですので、スピーカからの音圧による振動を防いでいるのではないと考えます。
いずれにしても、真鍮基板でこれだけ音が変わるのなら、電子ボリュームにも採用しないではいられません。
EVR-X
第1図にEVR-X回路を、第1表に使用部品を示します。片チャネル分です。新日本無線MUSES 72320電子ボリュームICにバッファとしてMUSES 02、または発売が噂されていたMUSES 03を搭載できるようにしました。MUSES 01 / 02はデュアルオペアンプですから1個、MUSES 03はシングルですから2個、のどちらかを載せる設計です。基板には合わせて3個のICソケットが並びました。
第1図 EVR-X回路
第1表 使用部品
写真AにEVR-X基板を示します。MUSES 03を搭載しています。MUSES 03については稿を改めてご紹介したいと考えますが、透明感、いいかえれば付帯音の少なさ、特に残響の再現力において進化したMUSESです。とにかく、これほどまでに残響音が入っていたのか、と、今まで隠されていた音を明らかにしてくれます。もちろん、どんなソースにも残響音をつけ加えるホーンスピーカとは違います。バスドラムのミュート音など、残響の消え方にその秀逸さが聞こえます。ひとつのパッケージでありながら、入力段と出力段をそれぞれ別チップとした2チップ構造が効いていると思われます。
写真A EVR-X基板
MUSES 02と比較試聴しましたが、響きの美しさで一日の長があります。入手したサンプルはまだ最終バージョンではないとのことで、低域が薄い感じがあります。ですが、これで低域の量感がアップすればと期待は膨らみます。最終バージョンの発売が待たれます。
さて、音のためなら左右チャネルを別電源とするしかありません。アンプは例外なく左右の電源を分けた方が、音場感が広がります。どんな電圧安定化回路を使用しようと、左右を分けると音はクリアーになります。当然の話です。電圧を一定にするために、左右チャネルの信号をいっしょにした電流が回路を流れているのです。これが、左右チャネルの信号の干渉となっているのでしょう。
ですから、MUSES 72320もステレオですが、ふたつのチャネルを並列にしてモノラルとして、2個を使ってステレオです。
最終的にMUSES 72320とMUSES 03には、真鍮平角棒20×10をそれぞれ25 mm、15 mmにカットした錘を載せました(写真B)。これも効きます。なぜ、新日本無線がMUSES 01/02/03のフラットパッケージを作らないか。まさにパッケージによる音の違いに妥協できないからです。パッケージをさらに大型とすればよりよくなることは判っているそうです。が、それでは商品となりません。ギリギリの妥協が8ピンDIPパッケージに詰められています。
その、メーカーにはできないことを実現できるのがアマチュアです。わずか25 gの錘ですが、より濁りの少ない、すなわち付帯音の少ない再生音を聞かせてくれます。とくにMUSES 72320は、パッケージが小さいだけに効果も絶大です。ラジオ技術の試聴会では、多くの方からお誉めいただきましたが、その音の秘密が真鍮基板と錘にあります。
ところが、試聴会からの戻りの輸送中、真鍮棒に加わる加速度でICが基板から引きちぎられてしまいました。真っ青になりました。真鍮基板ごと作り直しです。その後は輸送を考えて、錘はケースの上蓋で押さえられるようにしています(写真B2)。この構造にしてからは、トラブルを経験していません。
写真B 真鍮角棒を貼り付けた MUSES72320 と MUSES 03
写真B2 ケースの上蓋で押さえるようにした真鍮角棒
また、MUSES 72320とバッファアンプへは、それぞれ別々に電源供給します。各段独立電源トランスです。その音は、オペアンプの電源電流変化に起因する電子ボリュームの変調をなくしたかのように、透明感をアップさせます。
第1図に示したように、電源基板は1枚でEVR-X基板に電源供給できるよう、2回路構成としています。電源トランスは、ノグチトランスPM-09X02をプラスマイナスそれぞれに用いました。電源基板1枚につき4トランスです(写真C)。
写真C シャーシを上から見たところ
整流回路は、MUSES 7001を用いたプラスマイナスそれぞれのセンタタップ整流です。フィルタにはOS-CON 16 V 270μFを電源当たり12個使用しました。各3240μFです。容量的には十分でしょう。リプルも10 mV以下です。
定電圧回路は使いません。定電圧回路は一定の電圧を作るために、回路内の電流を調整します。つまり、内部に音声信号電流が流れるアンプ回路です。ですから、アンプ回路と同等以上の固有音をつけ加えます。ところが定電圧回路では、フィルタ回路のキャパシタや整流回路のダイオードそして電源トランスの固有音は、取り除けません。音的なメリットはありません。
ケースはタカチ電機工業UCCケース320-70-280サイズを特注しました。パラレルワールド4アンプと同じです。電源トランスと真鍮基板は、3 mm厚のソルボセインに載せた3 mmのアルミシャーシ上に配置しました。
このケース、パネルが1.7 mmと薄いのが難点です。フロントパネルに取り付けたコントローラには、デジタル回路とミューティング回路しか乗っていません。ですから音には関係ありません。ですが、リアパネルには入出力RCAジャックが取り付けられます。WBT nextgen をもってしても、取り付けるパネルによって音は変わります。まあ、1.7 mmのパネルでは良くも悪くもなりません。そこで4 mm厚の真鍮スペーサを作りました。写真Bをご覧ください。アルミと真鍮の比重の違いが、そのまま音の変化になるかのようです。立ち上がりの良い,しっかりとした音像を聞かせてくれます。
再生装置の音を良くするには
装置の音を良くするためにどうするのか。
私のわずかな経験からいえることは、自分で聞いて確認することです。別府某がラジオ技術に書いているからと、そんなことを鵜呑みにしてはいけません。本当かどうか、聞いてみます。たとえばオペアンプを4558からMUSES 8820、さらにはMUSES 02に交換して、梅だとか竹だとか松だとか言っていますが、どこがどれだけ違うのかを聞いて確かめます。
聞かないで「そんなことがあるはずない」と主張される方もありますが、聞かないから「はずがない」と言うのです。聞いて区別できなかったのなら「差はない」と、「はず」を言う必要はなくなります。
もちろん、オーディオの世界には、眉唾も迷信も数多くあります。しかし、それがガセネタなのかホンモノなのかは、聞かなければわかりません。
「マニアには、音を聞いて判断する人と、(聞かないで)頭で判断する人がある」とは師匠の言葉ですが、まったく同感です。聞いた人は、どのように違って聞こえたかを語れます。しかし、頭で判断する人にはそれができません。素晴らしい低域の量感なのかブーミーなだけか、聞いた人には記憶が残りますが、頭で聞く人には何も残りません。ですから「どこがよかったのか」「どんなところが悪かったのか」を語ることもできません。
装置の音を良くするためには、この比較の記憶が重要です。なぜなら、経験と同時に装置にも「良い音」が蓄積されます。ケーブルを交換して良くなったのなら、それをそのまま使うでしょう。良くないけどお値段が高かったから、ラジオ技術で絶賛されていたから、などと自分の耳をごまかしてはいけません。抵抗を交換してよくなかったけど元に戻すのは面倒だ、と手間を惜しんではいません。
自分で聞いて、自分で判断して、それを積み重ねること。これが、音をよくするための唯一の方策ではないでしょうか。
(掲載 ラジオ技術2017年7月号)