新日本無線 MUSES02 56パラレル
オペ(パワー)アンプの実験
はじめに
オーディオでは、途中に何かを挿入すると音は悪くなります。
“音の良い接続ケーブル”であっても、20本もつなぐよりは1本のほうが色づけの少ない音がするでしょう。“最高級ロータリスイッチ”も10回通過させるよりは1回にとどめた方が、クリアーな音になるでしょう。ペラペラのプレスのRCAジャックはいうに及びませんが 、“純銅削りだし金メッキXLRコネクタ”であっても10個もつなげば、音はガサツくに違いありません。ただし、プレスRCAジャックを1回通過させた場合と純銅削りだし金メッキXLRコネクタを10回通過させた場合の、どちらが劣化するかは、聞いてみなければわかりません。
私は増幅回路も同じと考えます。フラットアンプを2台を通過させれば、1台のときよりも確実に貧相な音になります。秀逸なMUSESオペアンプであっても、10回も通過させれば残念な音になるでしょう。
もっとも世の中には、“音の良くなるアンプ”を通したほうが,通さないよりも音が良くなると考えヒトもいるそうです。AEDIO氏によると、電子ボリューム(A社のE○○-3)をフラットアンプ(機械式ボリュームのついた!)とパワーアンプの間に入れ、「音が良くならない」と文句をいってきた人があるそうです。
「入れたら音質が劣化した」なら「はい、その通りです」とお答えするのですが・・・。
オペ(パワー)アンプの構(妄?)想
新日本無線 MUSES 02 オペアンプは、強力な出力段を内蔵しています。第1図に最大出力対負荷抵抗特性を示します。特性図上は、100Ω負荷で±7 V (4.95 Vrms)、200Ω負荷で±11 V (7.78 Vrms)の出力が得られます。電流に換算すれば100Ω負荷で±70 mA、200Ω負荷で±55 mAの計算です。並のオペアンプではありません。
第1図 MUSES02最大出力対負荷抵抗特性(許可を得て転載)
ところで、スピーカのインピーダンスを4Ωとしますと、10 W出力は実効値6.32 Vrmsです。つまりピーク出力電圧±8.94 V、ピーク出力電流±2.24 Aです。オペアンプ1個あたり55 mAの出力が得られるのであれば、41個をパラレルに接続すれば計算上10 W分の電流が得られるはずです。このときオペアンプ1個あたりの負荷も4Ωの1 / 41ですから164Ωと計算されます。164Ω負荷時のピーク出力電圧も第1図から±9 V以上と読み取れます。思惑通りに動けば、オペアンプだけでスピーカが鳴らせそうです。
オペアンプで直接スピーカがドライブできれば、パワーアンプのパワートランジスタやドライバトランジスタの音質劣化をなくせます。オペアンプ側にも低負荷ドライブとパラレル使用が音質劣化をもたらす可能性がありますが、どちらのデメリットが大きいかは、聞いてみなければわかりません。
なお100Ω負荷で±7 Vは、MUSES 02の絶対最大定格の負荷電流±50 mAをオーバーしています。念のため「大丈夫か」とメーカに問い合わせますと、「保証はできませんが、基本的に温度上昇させない限りは大丈夫」とのことです。
これは、やって聞くしかなさそうです。
パラレル接続
素子をパラレル接続すると音が変わります。D/Aコンバータは言うにおよばず、抵抗やトランジスタもパラレル接続とすれば音は変わります。もちろん、オペアンプも例外ではありません。
パラレル接続と、シングルで動作させたときのどちらの音が良いかは、やっぱり聞いてみなければわかりません。経験的にトランジスタのパラレル使用は音をギスギスさせます。ところがD/Aコンバータの電流出力は、加算すればするほどよくなります。考えるに、1つのフィードバックループの中でのパラレル使用は良くなく、別々のフィードバックループの出力加算は悪くなさそうです。
MUSESオペアンプもデュアルの出力を足し算して聞くと、ディテールを描き出すような音の密度を高めるような傾向を感じます。悪くありません。何十個もパラレルとして、どうなるか。聞いてみたいとの好奇心が高まります。
サンハヤトのICB-505基板にオペアンプが何個並べられるかと試しますと、7個×2列並びます(写真A)。まずはチャネルあたり7個の14パラレルで試聴しました。
写真A 14パラレル・ステレオ基板
4Ω負荷での出力は、2.5 Wとわずかです。ところが、音は、透明度の高い澄んだ音です。と言うよりも、オペアンプの個性がストレートにそのまま出てきます。パワーアンプのヴェールがなくなり、そのままオペアンプの音が聞こえる感覚です。ただし、さすがに出力は不足です。音量を上げるとクリッピングしないうちから、音像が崩れる傾向があります。オペアンプあたりの負荷は56Ωですから、そもそも、この負荷で鳴ること自体MUSESオペアンプの非凡さを表しています。
14パラレル・ステレオ基板は28パラレル・モノ基板へと接続を改め(最初からそのつもりで作っていました)、さらにはICB-505をチャネルあたり2枚として、オペアンプ28個の56パラレルとしました。出力は4Ω負荷で16.4 Wです。出力の変化を第1表に示します。
第1表 パラレル数と最大出力
回路
回路を第2図に示します。ふつうの21倍非反転アンプです。オペアンプがn個、したがってアンプが2n回路並列に並びます。オペアンプの出力は、1.2Ωを用いて合成します。1.2Ωの値に必然性はなく、この大きさの音の良い抵抗で、これ以下の値が得られなかったためです。出力抵抗の値はもう少し小さくした方が良いかとも思いましたが、56パラレルでは0.214 Ωです。まあ、スピーカのダンピングに影響はないでしょう。
第2図 オペ・パワー・アンプ回路図
なお、残念ながら出力抵抗を省略して出力を直接接続すると、オペアンプはそれぞれのゲインとオフセット電圧の差を相互に打ち消そうと動作するため、電源電流が増加しました。すなわち、やけに発熱します。ですので、これは却下。
また、入力側も56個も並列にしますと、入力バイアス電流がオフセット電圧として現れます。MUSES 02オペアンプの入力回路は、第3図に示すNJM4558と同じく、エミッタがプラス側に接続されたpnpトランジスタ差動回路です。したがって、バイアス電流は入力端子から流れ出ます。標準100 nAですから56パラレルで5.6 μAとなります。10 kΩの入力抵抗では5.6 mVとなり、出力に100 mV以上のオフセット電圧を生じます。
第3図 NJM4558等価回路(許可を得て転載)
このバイアス電流は、マイナス電源との間に高抵抗を用いてキャンセルしました。第2図のROFです。抵抗を入れ替えして調整しました。言うまでもありませんが,半固定抵抗で調整しては音が悪くなります。せっかく機械式ボリュームをなくしているのに、ここに使うわけには行きません。
調整の結果、ROFは第4図のようになりました。だいたい5.6 μAをマイナス側に流している計算です。
第4図 入力バイアス電流打ち消し回路
電源回路を第5図に示します。トランスは手元にあったインド製のトロイダル(RS 671-9113)です。大きさ的には80 VAを2個、このケースに押し込めます。ただ、音的には、いかにもトロイダルらしい寝ぼけた感じの音です。さらに言えば、カタログには“うなり音が小さい”とありますが、日本的感覚からは“うるさい”です。さらに文句を言いたいことに、うなり音が大きくなったり小さくなったり変動します。これは国産のEIコアにして試したいところです。
第5図 電源回路
実験機は、タカチのUC32-8-24ケースに収納しました。フロントとリアのパネルが薄いことを除けば、使いやすいケースです。背が低いですので、電源ケミコンはKMH 25V15000μFを3並列としています。モノラルの2台でケースの色が異なっていたり、あちこち間違った穴が空いていたりしますが、ご愛敬と言うことで・・・(写真B)。
写真B 色の違った2台のケース
写真Cにケースに配置した基板と電源を示します。回路図上は入力抵抗は10 kΩを1本としていますが、実際には基板毎に20 kΩを入れています。これは、28パラレルで測定と試聴をした名残です。抵抗は、入力抵抗のみビシェイ・デールNS-2、出力抵抗1.2 Ωはタンタル1/2 W、その他はタクマン電子REY 50です。
写真C 実験機のシャーシ全景
写真Cよりおわかり頂けるかと思いますが、パスコンは偽ASC X363 10μF 100 Vを、それぞれの基板に4個ずつ使用しました。この偽ASC X363は、アメリカより通販で購入しました。秋葉原のK無線で購入するより安い!と喜んでいたのですが、X363と記されているものの、リード線が磁性体です。まさか!と比較試聴しますと、音が違います。ひずみっぽいです。X363の透明感もサウンドの厚みも殺がれてしまっています。
調べてみますと、アメリカのショップで扱っているX363は台湾メーカのOEM品であり、USA製とはまったくの別物とのことです。もともと台湾メーカで製造していたコンデンサの電気的仕様がほぼ同じであったため、ASCブランドとして流通されているとのことです。しかし、(オリジナルのX363がロットによって異なるため)外見上は区別のしようがありません。磁石でリードが磁性体か非磁性体かを調べるしかなさそうです。もちろん、海神無線で購入したUSA製に入れ替えました。
特性
第6図に周波数特性(4Ω負荷)を示します。1 Vrms出力での-3 dB点は約500 kHzです。これはMUSES02のGB積による限界でしょう。GB積は標準で11 MHzですから、ゲインの21で割って、帯域幅524 kHzと計算されます。
出力をアップすると帯域幅が減少しますが、これはMUSES02のスルーレート限界と考えられます。スルーレートは5 V/μsが標準ですから、3.2 Vrms出力では約170 kHzより減衰が始まる計算となります。波形的にも、正弦波が三角波に近づきますので間違いないでしょう。
第6図 周波数特性
負荷抵抗2Ω、4Ω、8Ωでのひずみ特性を第7, 8, 9図に示します。負荷抵抗を減少させるとひずみの増加が見られます。とくに10 kHz, 20 kHzが他の周波数よりも高くなっています。MUSES 02を低負荷で使用するとこの傾向が現れます。もともと、これだけ低い負荷抵抗をドライブする設計ではないために、ドライバ段の電流供給能力が限界に達しているためと考えられます。
しかし、ひずみの値は2Ωの20kHzでも0.5 %以下です。問題ない数値でしょう。というよりも、20 kHzの高調波ひずみがヒトの耳に聞こえるハズはありません。10 kHzの2次の高調波も私には聞こえません。
第7図 全高調波ひずみ率(2Ω負荷)
第8図 全高調波ひずみ率(4Ω負荷)
第9図 全高調波ひずみ率(8Ω負荷)
音
さて、音です。
じつは当初、さすがにMUSES 02を56個も並べるのは躊躇し、MUSES 8820を用いて試聴しました。ところが、良くも悪くもMUSES 8820サウンドがストレートに聞こえます。これまでにも、いくつものオペアンプを比較試聴しましたが、それらのときよりも,はっきりとオペアンプの特徴が聞こえます。いつもは重なっているパワーアンプの音がなくなり、霞がなくなり澄み渡ったかのように、オペアンプの音が聞こえます。
悪くありません。MUSES 8820の分解能の高いディテールまで見透せるサウンドです。それがパワートランジスタに遮られることなく,ストレートに聞こえてきます。ただし、8820の弱点もストレートに聞こえてきます。MUSES 02と比べて響きの甘さもはっきりとわかります。
これはやはりMUSES 02で試すしかありません。
56パラレルとしたMUSES 02をひと言で言うなら、すばらしくクリアーです。弦の透明感がすばらしい。音のひとつひとつが手に取るようにわかり、歌い手とバックに別々のマイクを使っていることも、よりはっきりと聞こえます。楽器それぞれの音色をくっきりと再生してくれます。心配していた低音も、もうちょっと量感が欲しい傾向がありますが、弾むような軽快さは魅力です。ダンピングの良い音、と言うのかもしれません。出力抵抗のデメリットはなさそうです。
ただし、1個のMUSES 02よりはにぎやかというか、派手なキャラクタとなります。トータルバランス的には軽めの音です。ですけど、スピーカを鳴らすのにパワーの不足はありません。
オペアンプで作ったパワーアンプですから、オペ・パワー・アンプと名乗ります。
参考資料
1) MUSES 02データシート、新日本無線
2) NJM 4558データシート、新日本無線
(掲載 ラジオ技術2013年3月号)