パラレル・ワールド・パワーアンプ
はじめに
パワーアンプは、パワー段やドライバー段など、いろいろな半導体の音が重なって独自のトーンを作り出しています。中でもパワートランジスタは、アンプの音に大きく影響します。小信号用トランジスタと比べるとパワートランジスタは例外なく情報量の少ないスカスカの音がしますが、その音が、どのパワーアンプでも支配的になっていると感じます。
ラジオ技術誌2013年3月号に発表したオペ・パワー・アンプには、当然ですが、オペアンプの音はあってもパワートランジスタの音はありません。良くも悪くもオペアンプの音色をストレートに味わえる、ある意味、不思議な音のアンプです。
AEDIO氏はオペ・パワー・アンプの音(というよりも、オペアンプが並んだあの基板)を「パラレル・ワールド」と呼びましたが、まさしく別世界、およそパワーアンプらしくないサウンドです。
もちろんパラレル・ワールドも、オペアンプによって音が変わります。というよりも、オペアンプがそのまま大きくなったかのような音がします。新日本無線MUSES 02にとどめを刺しますが、MUSES 8820も結構楽しめます。緻密で、透明感あふれるパラレル・ワールド・サウンドを聞かせてくれます。
それならばもう1ランクというか断崖絶壁、私にいわせれば音を殺す“死のオペアンプ谷”に落ちたくらい、下げてNJM 4580で鳴らせるかもしれません。最大出力電圧対負荷抵抗特性(第1図)を並べると、MUSES 02も8820も4580もほとんど同じに見えます。4580のグラフは100Ωまでしかありませんが、100Ω以下でも同じようにドライブできると思われます。
第1図 MUSES 02、8820、NJM4580の最大出力電圧対負荷抵抗特性(許可を得て転載)
で、聞いてみると意外というか思った通りというか、NJM 4580は伸びのない、すべてが痩せてギスギスになるオペアンプ・サウンドがありますが、パラレル・ワールドの透明感は楽しめます。この3種類のオペアンプを使えるパワーアンプとします。まあ、お安いですから4580で試してみて、よかったらグレードアップするのも手です。
パラレル・ワールド基板
オペ・パワー・アンプはユニバーサル基板に回路を組みました。が、かなり面倒でした。同じ回路をいくつも組むのは、はっきりいって修行です。組んでいるうちに悟りを開けるかと期待したのですが、まだまだ修行が足らないようです。おそらく一生無理でしょう。ですので、プリント基板を作りました。
第2図にパラレル・ワールド・アンプ回路を示します。デュアル・オペアンプですので、2回路を示します。どちらも、ふつうの非反転アンプです。オペアンプの出力は2.2 Ωの直列抵抗(R8とR11)を通して電流加算します。フィードバック抵抗(R6とR7、R9とR10)は、100Ωと2 kΩとして21倍(26.4 dB) のゲインとしました。最終的には,基板のサイズよりオペアンプを9個、つまり、18パラレルとしました。
第2図 パラレル・ワールド・アンプ回路
オペアンプのプラスとマイナスの電源は、CRフィルタ(R4とC3、R5とC4)を通してオペアンプに供給します。電源にCRフィルタを挿入すると、音のザラつきが減り、透明感がアップします。
ちなみにこの方式、私の発案ではありません。かのPhilips LHH2000に用いられていました。余談ですがLHH2000の回路図は、ネットで購入できます。LHH2000では464Ωと15μF、あるいは274Ωと100μFが用いられていました。ここで抵抗に、なぜE96系列値が用いられていたかは謎です。470Ωと270Ωを使っても違いはないと思うのですが、試していないのでわかりません。ところで電源のCRフィルタですが、負荷抵抗がkΩ以上ある回路なら良いのですが、80 mAのピーク出力を利用する回路では使えません。274Ωとしても計算上の電圧降下は44 Vとなります。もちろん、うまく動作しません。
ところでRです。大きい方が音も良好です。Cは330μFに固定して220Ω、100 Ω、50 Ωと比較しましたが、小さくすると透明感が減り、Rを短絡すれば、一気に平板的なザラついた音に戻ります。しかし、出力を大きくする点からは、Rは小さくした方が有利です。
オペアンプであろうとディスクリートアンプであろうと、出力電流が変化するときには電源電流も変化します。この電流変化が電源を介して他のアンプに影響を及ぼすと考えます。ですから、この電源フィルタの時定数を大きくした方が、相互影響を小さくできるのでしょう。
こう記すと必ず「定電圧回路を入れれば電圧が一定になるから影響をなくせる」との反論が来ますが、空想です。電圧を一定にしたところで、電流は変化します。その上、せっかくの透明感に秀でたサウンドを、定電圧回路の音で覆い隠すことになります。
さて、カップリングコンデンサの経験からは、ローパスフィルタのカットオフ周波数fcは1桁にしたいところです。電源CRフィルタもカップリングと同じかどうかを語れるだけの経験はありませんが、10 Hzを目標とします。コンデンサはニチコンのFGに決めてかかります。FGシリーズは16 Vでは470μFが最大です。したがって、
より、ちょっと足りませんが33 Ωとします。試聴しましたが、100Ωよりは物足らないですが、ない時とは比較になりません。ずっと良好です。
ところでアンプの出力は、私の部屋では4 Ω負荷にて3 Wあれば十分です。オペ・パワー・アンプでは、オペアンプ7個(14並列)にて2.5 Wを得ていましたので、基板には8個以上載せることを目標とします。
ところで、基板面積をもっとも要するのが抵抗です。音質的にはVishay Dale NS-2Bが乗るサイズとしたいですが、今回は、パラレル・ワールド・サウンドを手軽に楽しめる基板とのコンセプトで作ります。抵抗はタクマン電子オーディオ用金属皮膜抵抗REY 50サイズで設計します。
さらに整流回路もオンボードとして、電源トランスと接続するだけで鳴らせるようにします(第3図)。整流ダイオードもシリコンカーバイドのショットキーバリア・ダイオードとすると、広くてはっきりとしたパースペクティブを楽しめますが、お値段も高くつきます。「手軽に」のコンセプトから、シリコンのショットキーバリア・ダイオードを使います。ケミコンもネジ端子を使用したいのですが、基板に載せるためリードタイプでガマンします。
第3図 パラレル・ワールド基板整流回路
次に、オフセット電圧補償回路です。MUSES 02も8820もNJM4580もすべて、入力はpnpトランジスタの差動回路です。このため、入力端子からはバイアス電流が流れ出します。このバイアス電流が入力抵抗に流れるとプラスのオフセット電圧となります。このためオペ・パワー・アンプでは、高抵抗を用いてオフセット電流をマイナス電源にシャントしていました。ところが、マイナス電源(プラスにも)には、リプル電圧があります。わずかのリプルなのですが、電流の変化となりハムノイズの原因となっていました。レベル的にはごくわずかですが、気分的にはよくありません。
そこで、オフセット電流補償回路を作りました(第4図)。定電流ダイオードを用いたシャント回路です。入力バイアス電流は、MUSES 02も8820もNJM4580もすべて標準で100 nA、最大で500 nAです。基板面積から搭載するオペアンプ数は9個としました。それぞれ2回路ですから合計18回路ですので、入力バイアス電流は標準で1.8 μA、最大で9μAとなります。SEMITEC(旧石塚電子)社の定電流ダイオードのうち、電流最小のものはE-101で50~210 μAです。最悪のケースでは約4:1に分流しなければなりませんので、2.2 MΩと500 kΩの半固定抵抗を用います。
第4図 パラレル・ワールド・オフセット補償回路
また、基板を試作したところ、入力条件によって発振が観測されました。オペアンプのフィードバック抵抗に位相補償のCをパラレルにすれば止められる(と思う)のですが、18回路もあれば18個のディップマイカコンデンサが必要となります。これはコスト的に大変です。かといって、ここにセラミックコンデンサを使って音を殺してしまっては、パラレル・ワールドを作る意味はありません。直列抵抗を入力に入れる手もありますが、18本の抵抗を載せるスペースがありません。
そこで、入力抵抗と並列にCR直列回路を挿入し、高周波領域での入力をシャントしました(第5図)。ここでR1は、アンプ基板の入力抵抗です。音的には小さくしたいところですが、EIAJの規格を守って10 kΩとします。C21とR76は実験的に、0.01μFと33Ωに定めました。いうまでもありませんが、入力抵抗と並列に入るのですから、C21のキャラクタはモロに聞こえます。安物のフィルムコンデンサを使っては、音も安っぽくなってしまいます。MUSES 02を使わなければ基板上でもっとも高価な部品となりますが、ASC X363を使用します。
第5図 入力回路
以上、第1表に基板のパーツリストを示します。基板の厚みは2ミリとしました。基板は厚い方が、音にも厚みがでます。わずかの差ですが。でも、アンプの音はすべてが、わずかの差の積み重ねです。
第1表 パラレル・ワールド基板使用部品(オペアンプを除く)
組み立て
第2表に基板以外のパーツリストを示します。第6図にパラレル・ワールド基板と電源トランスの配線を示します。トランスは、ノグチトランスPM-1205をプラスとマイナスにそれぞれ使用しました。左右プラスマイナス独立電源トランスです。電源電圧はケミコンの定格電圧±16 Vを超えない範囲で高い方が出力を大きくできますが、PM-1205の12 Vタップを使うとちょっとオーバーしてしまいます。ですので、10 Vタップを使いました。スイッチのランプは24 V用ですが、明るすぎなので12 Vを供給しています。
第2表 パーツリスト(パラレル・ワールド基板以外)
第6図 パラレル・ワールド基板と電源の配線
ケースは、タカチUC26-7-20DDにシャーシUCC26-20を載せて組み込みました。入出力端子とパラレル・ワールド基板を配線すればパワーアンプができあがります。シャーシGNDは、左右の入力ジャックのGNDからシャーシに1点で接続します。
特性
AC電圧102.8 V時にDC電源電圧が±14.4 Vでした。しかし、最大出力時には±12.2 Vまで下がったため、4Ω負荷で2.6 Wと目標を若干下回りました(第3表)。CRフィルタによる低い周波数での出力減少がないかを確認するため20 Hzでも測定しましたが、1 kHz時とほぼ同じとなりました。
第3表 負荷抵抗による最大出力の変化
第7図に周波数特性を示します。0.3 Vと1 V出力でのカットオフ周波数は約250 kHz、2.8V出力では100 kHzと下がりますが、これはオペアンプのスルーレートによる制約です。
第7図 周波数特性
第8~10図にひずみ特性を示します。8Ω、4Ω、2Ωと、負荷が重たくなるにつれてひずみも増加しています。いずれも10 kHz、20 kHzが大きくなっていますが、出力段のドライブ電流が不足しているためと考えられます。前作オペ・パワー・アンプよりもひずみが増加していますが、これはパラレル数が少ないために、オペアンプあたりの負荷が重くなっているからと考えます。いずれにしてもオペアンプにとっては想定外の低負荷抵抗値ですが、聴感上まったく問題ありません。
第8図 ひずみ率特性(8Ω負荷)
第9図 ひずみ率特性(4Ω負荷)
第10図 ひずみ率特性(2Ω負荷)
本機の例ではありませんが、パラレル・ワールド基板を±15.0 Vの定電圧電源で駆動した時の、並列接続枚数による出力変化を第11図に示します。この場合、1枚の基板で3.1 W出力(4Ω負荷)となります。また、パラレル・ワールド基板は入出力を並列に接続できます。2枚、3枚と並列数を増やすと4Ω負荷では8.8 W、 12.6 Wと出力は増加します。ところが出力電圧の限界となりますので、4枚に増やしても13.4 W止まりです。出力増加を狙うのであれば、3枚並列使用が良いでしょう。
第11図 オペアンプ数による出力変化
音
前作のオペ・パワー・アンプよりもさらに透明感のある音です。ひずみが増えているのに音が良くなるはずがない、などと数字信奉者から批判されそうですが、ひずみの増減は聞こえないと断言します。パラレル・ワールド基板のオペアンプ数を変えれば、クリップさせない限り、同一条件で、ひずみ率変化による音の差が体験できます。
トロイダルトランスからEIコアトランスに変更したことも効いています。そして電源CRフィルタの効果が大です。多数をパラレル接続すると、よくいえばにぎやかに、悪くいえば騒がしくなるのですが、派手さが抑えられます。電源フィルタのRをシャントすればCRフィルタをなくせますが、透明度が違います。省略できません。
ある方の評価「DACのすぐ後にヘッドホンをつないで聞いたのと同じ情報量が、ちゃんとスピーカから出ている不思議なアンプ」は、まさにその通りと感じます。余計な音のをさせないから、情報を感じられるのです。いろいろと妥協していますが、まだまだ可能性のある方式と思います。
参考資料
1) 別府俊幸、オペ・パワー・アンプを作る、ラジオ技術2013-3、 pp.50-55
2) MUSES02データシート、新日本無線、2009
3) MUSES8820データシート、新日本無線、2009
4) NJM4580データシート、新日本無線、2009
5) LHH-2000回路図、 http://www.dutchaudioclassics.nl/Philips-service-manual-pdf/Philips_LHH-2000_service_manual_PDF/
6) CRDデータシートSEMITEC、2011
http://www.semitec.co.jp/2011/03/02/products/led_device/crd_113I_all.pdf
(掲載 ラジオ技術2014年8月号)