前編『なぜ、コンセントの向きを変えると音が変わるのか』では、アンプ回路のグランド(GND)が対地面電位を持つことをご報告しました。そして、回路GNDが対地面電位を持つ理由は、電源トランスの巻線間(1次巻線と2次巻線の間)のストレーキャパシタンスによる結合と記しました。ここまでは間違いないと思います。
マズかったのは,「電源トランスの2次巻線の中点、すなわち回路GNDから、1次巻線のホット側とコールド側へのキャパシタンス(C1とC2)が異なるため、コンセントの向きによって対地面電位が変化する」としたことです(前回の図6)。この説明は適切ではありませんね。
前回の図6に×印を追加
じつは、図6の説明が成り立つと思って LCRメータ(NF測器、ZM2353)を借りて測りました。以下に、測定周波数と、ACコンセントのそれぞれの端子と回路GND間のキャパシタンスを示します。まず、前回のブログに示したパワーアンプでは、
100 Hz 1kHz 100 kHz
432.9 pF 428.1 pF 350.5 pF
432.8 pF 427.2 pF 395.4 pF
であり、ACコンセントの二つの端子と回路GND間のキャパシタンスに差はみられません(100 kHz では若干ありますが、電源周波数は 60 Hz です)。また、EVRでは、
100 Hz 1kHz 100 kHz
75.3 pF 73.50 pF 64.60 pF
75.3 pF 73.59 pF 63.10 pF
でした。これまた、差はありません。
考えてみれば当然で、C1とC2のインピーダンスに比べれば電源トランスの1次巻線の抵抗値は極めて小さい。したがって、C1とC2は同じところにつながっていると考えるべきです。つまり、図1のように巻線間キャパシタンスCTが、1次側の中点からズレたところにつながっている、と考えるべきでしょう。なお、図では集中定数としてCTを示していますが、実際には、巻線間のストレーキャパシタンスの積算値です。
図1 対地面電位が生じる理由
トランス毎にCTの1次巻線側の仮想接続点が異なるために、機器の回路GNDは異なった対地面電位となります。機器ごとに対地面電位が異なるのですから、機器間にグランド電流 IGND が流れます(図2)。このグランド電流 IGNDが音質劣化の一因となるのでしょう。
図2 機器によって対地面電位が異なるために IGND が流れる
機器間の IGND をなくすには、
機器を1台にまとめる
すべての機器をバッテリー駆動にする
ライントランスを使ってGNDを分離する(*)
のいずれかの手を使うしかありません。ところが、どれも現実的ではありません。それに機器間の IGND よりも大きな音質劣化要因は、他にいろいろとあります。ですから、コンセントの向きを調整すれば、それでOKとしましょう。
(*) ライントランスをご指摘くださったO様、ありがとうございました。
ところで、CDプレーヤやネットワークプレーヤなどの複数の機器を切り替えて使う状況では、使っていない機器からの IGND による悪影響があります。たとえば、ふつうのメーカー製品や自作機器のセレクタでは、信号ラインだけを切り替えます(図3)。これで信号の切り替えはできますが、GNDラインはつながったままです。ということは、セレクタの位置にかかわらず、接続された機器A, B, C からグランド電流 IGNDA、IGNDB、IGNDC が常に機器Xに流れ込みます。
図3 信号線だけを切り替える(ふつうの)セレクタ
かれこれ30年以上前なのですが、“ふつうの接続”でセレクタボックスを作ってパワーアンプの入力を切り替えていました。そのセレクタには、自作のプリアンプ、カセットデッキ、FMチューナをつないでいました。ところがある日“セレクトされていない機器”の電源スイッチが ON か OFFかで、音が変わることに気づきました。「まさかっ!」と思って“セレクトされていない機器”のピンケーブルを引っこ抜くと、音はよくなります。
信号線を切り替えただけでは、GND線がつながっています。理由はわからないのですが、そのGND線を通して何らかの“干渉”があると考えました。ですので、それからは信号線だけでなくGND線も切り替えています(図4)。GND線も切り替えるのですからスイッチの回路が倍になってコストアップしますが、理由がわからなくても、音を劣化させないためには必須と考えます。
図4 信号線とGND線を同時に切り替える
また、“セレクトされていない機器”の電源スイッチ ON/OFFで音が変わったのは、ACラインの片側だけを接続/遮断する(図5)ことが関係していると考えました。なぜなら、“セレクトされていない機器”のコンセントを引っこ抜くと、これまた音はよくなったからです。
図5 「片切り」電源スイッチ(一般的な接続法)
それでは、「片切り」電源スイッチにしたアンプの対地面電位例を図6に示します。ピンクのトレースは60 Hzの AC 100 V です。スイッチOFF時の回路GNDの対地面電位は、黄または白のトレースです。対地面電位は、ACラインのどちら側が切断されているかによって、つまりはコンセントプラグの向きによって、AC 60 V くらい(コールド側を切断)、あるいは、ほぼ 0 V(ホット側を切断)となっています。
図6 「片切り」電源スイッチのアンプの対地面電位例
ピンク:AC(ホット側)
黄:スイッチOFF時の対地面電位
白:コンセントを逆向きにしたときのスイッチOFF時の対地面電位
つぎに、電源スイッチをONにしたときを図7に示します(ピンクと黄のトレースは図6と同じ)。スイッチON時の対地面電位(白のトレース)は、このアンプでは、コンセントの向きにかかわらずほぼ同じになったのですが、どちらの向きもOFF時とは異なります。ですから、どちらの向きであっても、スイッチのON/OFFによって IGND は変化します。当然、音も変わるでしょう。
図7 「片切り」電源スイッチのアンプの対地面電位例
ピンク:AC(ホット側)(図6と同じ)
黄:スイッチOFF時の対地面電位(図6と同じ)
白:スイッチON時の対地面電位(コンセントの向きを変えてもほとんど変化せず)
以上のように、「片切り」スイッチでは、ACラインのもう一方はつながったままです。そのため電源スイッチをOFFにしても、電源トランスを介して数十~数百pFもの容量で、回路GNDは AC 100 V ラインとつながっています。その上、スイッチをOFFにしたときのほうが、他の機器との対地面電位の差は大きくなります。以上のように考えると、OFFにしたときのほうが音が悪かった経験にも説明がつきます。
もちろん、“セレクトされていない機器”の電源スイッチが「両切り」であれば、OFFの間は対地面電圧は生じません(図8)。(実際にはスイッチのところまで AC ラインが入っていますから、GND間のストレーキャパシタンスによって電位は生じます。ただし、そのキャパシタンスはトランス巻線間の 1/1000 未満です)。
図8 両切りの電源スイッチ
以上の顛末から、私は信号線とGND線の両方を切り替え、電源スイッチは両切りにしています(図9)。いま、あらためて考えれば、機器間グランド電流だけが原因であるのなら、セレクタでGND線を切り替えれば、電源スイッチを両切りにする必要はないかもしれないのですが、試してはいません。
図9 信号線とGND線の両方をサーボで回すロータリスイッチで切り替えて、
電源スイッチも「両切り」としたセレクタ付EVR
さて、図10に某DVDプレーヤの回路GNDの対地面電位を示します。ピンクのトレースは AC 100 V です。回路GNDの対地面電位は黄色のトレースですが、コンセントを逆向きにしても、電源スイッチをON/OFFしても、ほとんど変化はありません。Why?
図10 某DVDプレーヤの回路GNDの対地面電位
ピンク:AC電位(ホット側)
黄:対地面電位。コンセントの向き、スイッチON/OFFはいずれを切り替えてもほぼ同じ
気づかれた方もあると思いますが、ピンクと黄色のトレースに位相差はありません(波の山と谷の位置が揃っています)。しかも、コンセントの向きにかかわらず、スイッチのON/OFFにかかわらず、ほぼ同じトレースです。ですから、大きなキャパシタンスでACラインと回路GNDが、スイッチよりもコンセントに近い側で接続されている、と推測できます。
ふたを開けると、このプレーヤの電源ラインにはコモンモードチョークがあり、その下流の2個のキャパシタ CF が回路GNDに接続されていました(図11)。ACの2本のラインがそれぞれ、トランスのストレーキャパシタンス CT よりも3桁以上大きな容量で接続されているため、回路GNDの対地面電位は 1/2 AC となって、位相も揃います。
図11 あるDVDプレーヤのトランス回りの回路(推定)
ACラインから飛び込んでくるコモンモードノイズをカットするために、あるいは機器からACラインへの輻射を低減するために、フィルタを必要としたのでしょう。ただし、フィルタによってグランド電流 IGND は、3桁以上増えるはずです。CF によってACラインとの結合がそれだけ強くなっているのですから。
そのためかどうか、このDVDプレーヤではコンセントの向きによる音の違いは感じられません。このような機器を使っているのであれば、「コンセントの向きによって音は変化しない」との結論となるでしょう。
前編の冒頭で「コンセントの向きによって『音が変化する』という意見と『音は変化しない』という意見の両方がある」と記しましたが、使っている機器によって,どちらの見解にになることもあるのでしょう。
もちろん、変化が「ある」か「ない」かは、音の善し悪しを決める要因ではありません。要因は,他に多数あります。自分で聞いて判断しなきゃ、音をよくできませんね。