A級アンプ幻想(その3)
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パワーアンプの出力段には、プッシュプル回路が使われます。npnとpnp のトランジスタを組み合わせて信号の電流(電力)を増幅する構成です。この回路のQ1とQ2のアイドリング電流によって、動作状態にはA級、AB級、B級と名前が付けられています。オーディオ界にはA級に対する信仰があって、40年くらい前までは私も信者でした。
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ここでは、別の側面からプッシュプル回路に関しての経験を記します。
このプッシュプル回路を作るときには「npn と pnp のトランジスタの hfe を合わせる」と、ほとんど(私以外のすべて?)の製作記に記されています。ですから、アンプを作り始めた頃には、お店で選別されたコンプリメンタリ・ペアを購入していました。
hfe とは、エミッタ接地電流増幅率です。βとも記されます。式で表せば、
hfe = Ic / Ib
です。ベース電流 Ib とコレクタ電流 Ic の比率です。
シリコンウエハーの上で多数を同時に製造するトランジスタでは、ドーピングされる不純物量にばらつきが生じます。このばらつきのため、hfe の値は、ピタリと同じにはなりません。人間の身長や体重のようなイメージでよいでしょう。背の高い人もいれば、低い人もいます。hfeの大きなトランジスタもあれば、小さなトランジスタもあります。
ですからメーカーでは、できあがったトランジスタを hfe 値によって選別してランク分けします。たとえば、東芝の 2SC1815 は、
O:70~140
Y:120~240
GR:200~400
BL:350~700
のように4ランクに分けられています。同じランクであれば hfe は2倍以内ですが、ランクが違えば3倍、4倍の差となることもあります。「これだけ違って同じように動くのか?」と、私も回路を勉強する前は不思議に思っていました。けれども、hfe よりもコレクタ電流をどれだけ流すかが増幅には関係しますので、そう心配はありません。
脱線しました。購入するときに同一ランクを指定しても、トランジスタの hfe は最大で2倍の開きがあります。ですので、 値の近い npn と pnp トランジスタを選んで、コンプリメンタリ・ペアとします。
自作のA級アンプを使っていた1985年頃の経験です。ある日、パワーアンプ終段のどっちかのトランジスタが壊れました。でも、両方を交換するのは面倒です。かといって、hfe が揃わなくなるのは不安です。音が悪くなるかもしれません。それでも、面倒なことはすぐに妥協する性格です。「まあいいや」と壊れたほうだけを交換しました。
ところが、音が変わったようには聞こえません。右チャネルだけ、左チャネルだけ、とモノラルで(もちろん同じサイドのスピーカを使って)試聴しても差は感じられません。偶然に pnp と npn トランジスタの hfe が揃ったとも考えられません。しばらくそのまま聞いていましたが、あるとき「hfe を揃えなければ、どれだけ音が悪くなるのか?」との疑問が浮かびました。
疑問を解消するには、聞くしかありません。
その頃には,小信号用トランジスタは100個か200個を“大人買い”して、サンワのテスターで選別していました。hfe を合わせた(2.5 % 以内くらい)ペアと、合わないように選別した(1.6~1.7倍くらいだったと思う)ペアを作り、プッシュプルのエミッタフォロワを組み立てて聞きました。
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差は感じられません。
それでも、あちこちの製作記に書かれていることですから、即座に結果を受け入れられません。次に、そのころ出力段に用いていた 2SA1006 / 2SC2336 で試しました。
で、結果は、同じ。「う~ん。どうしてだろう」とは思いましたが、「差が聞こえないのなら、まあいいや」とコンプリメンタリ・ペアの選別をしなくなりました。
またしばらくして、「ペアを選別すると、どう音が変わる」と先達たちは述べているのか、と気になりました。そこで、あちこちの記事を読み返しました。ところが、どう変わるのかを記した文章は見つかりません。
それから何年か経って、ある人にいわれました。「音を聞く人には、二種類あります。耳で聞く人と、頭で聞く人です」。至言です。痛いところですね。たとえば「hfe を揃えてひずみ率が下がる」とそれでOK、とする人です。頭で聞く人は、音を比べません。比べる必要を感じません。なぜなら、特性が良くなるのですから。なにをわざわざ聞く必要があるのでしょう。
私も同じでした。たくさんの中から同じ hfe のモノを選びだして、それでOKとしていたのですから。でも、自分で聞いて(とはいっても、1回で脱却できたわけではありません)、“幻想”に縛られていたと目が覚めました。いまならハッキリと断言できます。
トランジスタの hfe を揃えても音は変わりません。
以上の経験を経て、プッシュプル回路を作るときもコンプリメンタリ・ペアの選別をしなくなりました。相前後して、A級アンプともサヨナラしました。そうして、作るときの手間とアンプの発熱が減りました。
めでたし、めでたし(笑)