サーモカメラを借りてきて、SKHP-03X 基板上の MUSES 03 の温度を調べました。電源電圧 ±18.5 V のアイドリング(無信号)状態、室温18 ℃ での計測です。基板は段ボールの上に並べています。写真に示すとおり左側の基板の発熱が大きい状態です。左から3番目の(十字のポインタが示されている)MUSES 03 のパッケージ温度は40.0 ℃ です。
いうまでもなく、IC 内部での電力損失が発熱となります。その熱エネルギーを IC のパッケージから直接、およびフレームリードからプリント基板をつうじて、外気に逃がします。このとき、
逃げる熱量以上の発熱量があれば、IC の温度は上昇します。
逃げる熱量と発熱量が等しければ、IC の温度は一定となります。
逃げる熱量よりも発熱量が小さければ、ICの温度は下降します。
つまり、IC の温度が一定となっているときには、IC のパッケージと外気間の温度差も一定となります。熱が移動するときに温度差があるのですから、これは、電流が流れるときに電位差ができるのと同じに考えることができます。オームの法則ですね。
「電流 I (A)」を「移動する熱エネルギー P (W)」に、
「電位差 E (V)」を「温度差 Δt (℃)」と対応させて考えれば、
「抵抗 R (Ω)」に対するものは「熱抵抗 Θ (℃/W)」となります。
オームの法則では、電流を妨げる抵抗は、
R = E / I
ですから、熱の移動を妨げる熱抵抗は、
Θ=Δt / P
です。
ところで、このとき一番左の MUSES 03 は、55.3 ℃ にもなっています。けっこう熱い。
この発熱は、入力オフセット電圧によるものです。入力電圧が 0 V のときに、左端の IC の出力電圧実測値は 85.9 mV でした。入力オフセット電圧は、非反転アンプのゲイン倍になって出力に現れます。回路ゲインは21倍ですので、+4.1 mV と計算されます。これを7.5 Ωで終端していますので、出力電流は 11.4 mA 。電源電圧 18.5 V を掛ければ 211 mW の消費電力です。
一方、MUSES 03 のアイドリング電流は標準で約 6 mA です。電源電圧 ±18.5 V を掛けて 222 mW。合わせて 433 mW。温度差 37.3 ℃ を消費電力で割れば、熱抵抗 Θ = 86.1 ℃/W ですから、DIP 8 パッケージとしてはこんなものでしょう。
また、左側の基板には左端に入力オフセット電圧の大きな IC が入っていますので、その出力電流を吸い込むため他の IC も発熱が大きくなります。このときは、右側の基板では4個とも 35 ℃ 以下でした。
ところで、これを計ったのは寒い時期です。基板はケースに入れていません。ところが、暑い時期にケースに入っていても、同じだけの温度差となります。仮に室温 30 ℃ でケース内温度を +10 ℃ と考えれば、IC パッケージは 30 + 10 + 37.3 = 77.3 ℃ にもなります。
しかも、これはアイドリング状態での計算です。信号が入っている状態ではさらにアップします。式は面倒なので省略しますが、最高出力時の消費電力は +250 mW くらいになります。それに 433 mW に足すと 683 mW。25 ℃ での最大消費電力が 870 mW ですから、パッケージ温度 52 ℃ でオーバーの計算です。
と、客観的に記しましたが、テスト中にオーバーしたようです。IC が煙を噴いたので慌ててサーモカメラを借りてきた、というのが真相です。実験的に負荷抵抗をつないで信号を入れると、たちどころに 70 ℃ 以上になります。
対策としては、
電源電圧を下げる
アンプのゲインを下げる
入力オフセット電圧の小さな IC を選別する
ヒートシンクを使う
が考えられます。ですけど、
1は、音的にはやりたくない。MUSES オペアンプは、電源電圧を高くしたほうがスッキリと伸びの良い音を楽しめます。
2ですが、いつもはゲインを11倍にしているのに、手持ちの抵抗がいっぱいあったとの理由で21倍にしたのが失敗でした。11倍にします。これで入力オフセット電圧による発熱を 11/21 に減らせます。
3は、どうしようかな。同様な構成のパラレルワールド5、パラレルワールド6アンプでは選別はしていません。それでも、煙を噴いたことはありません。しかし、電源電圧は今回のほうが高くなっています。ちょっと考えます。(考えた結果、入力オフセット電圧が 4 mV を超える個体は除くことにしましたが、じつに1/3以上が選外品となってしまいました。もったいないので、そのうちに入力オフセット電圧が問題にならない回路で使用します)。
さて、4です。パラレルワールド5も6も“デッドマス”として M6 の真鍮スペーサを載せていました。これが“ヒートシンク”として働いていたから、オーバーヒートを招かなかったと考えられます。
デッドマスは、音的には必須の要素です。音像をクッキリとさせて実在感をアップしてくれます。ですから、アンプが動くことを確認したら即スペーサを貼り付けて、それから試聴していました。つまり、MUSES 03 は過熱しません。
ところが今回は、確認しなければならない項目が多くあり、デッドマスなしで聞いていました。これが失敗原因でした。
そこで、真鍮の角棒を削って、ICを上下からサンドイッチするヒートシンクを作りました。ケースの上面と下面の両方から熱を逃がすことができるので、M6 スペーサよりも熱抵抗を下げられる、と考えました。
取り付けると、同じ IC が 36.9 ℃ まで下がりました。
めでたし、めでたし。と思ったのですが、同じサイズの真鍮棒を上に載せても 39 ℃ まで下がります。
サンドイッチ方式ヒートシンクは、上下からパッケージを挟むので防振効果も大きいはず、と思って作ったのですが、上に載せるだけのデッドマスと比較試聴して差は感じられません。週末をつぶして5個も試作して、パッケージをギリギリ挟み込める寸法にしたのですが…。
1個削るのに30分以上かかります。あえなく却下です。