訳あって、整流ダイオードを探すことにしました。TO-252パッケージのシリコンカーバイド (SiC) ショットキーバリアダイオード (SiC-SBD) 14品種を見繕い、それらと現用品とを比較しています。
整流ダイオードではオフ時に、瞬間的な逆方向電流(リカバリ電流)があります。これが、アンプの音に影響すると考えられているのですが、この逆流がなぜ音に影響するのか、そのメカニズムはわかっていません。あえて説明するならば、「リカバリ電流による瞬間的な放電が、電源キャパシタの動作に影響する」くらいでしょうか。
ですけど、電源キャパシタは、アンプ回路への信号電流供給(放電)をしながら、周期(1/電源周波数の2倍)的に整流ダイオードから充電されています。つまり、充電と放電を繰り返しています。この充電の直後にリカバリ電流による放電(といってもわずか)があったとして、それが負荷への電流にどのような影響を与えているのか。この説明は、かなり苦しいですね。
納得のできる説明はないのですが、それでも、私の体験では、逆回復時間の小さなファスト・リカバリ・ダイオード (FRD) は、ふつうのシリコン・ダイオードよりも概して透明感の高い音を聞かせてくれました。1980年代頃には、NEC F114Bや日立 U07N を使っていました。
上:FRD (日立 U07N)、下: SBD (富士電機 ERC84-009)
ところで、なぜ音に影響するかは説明できないのですが、リカバリ電流の発生メカニズムは明らかです。ダイオードはP形とN形の半導体を接合した構造となっています。P形にはホール、N形には電子が、それぞれ多数キャリア(電荷の運び手)として存在します。ただし、PN接合部付近では、ホールと電子が再結合するため、電荷の存在しない空乏層ができます。
ダイオードに順電圧が印加されているとき、P層からはホールがN層へ、N層からは電子がP層へと動きます。空乏層はなくなり、PN 接合を超えてキャリアが移動するのですから、ダイオードは"ON"状態、すなわち電流が流れます。この状態から印加電圧が逆方向になると、PN 接合を超えて移動していたキャリアがクーロン力によって元の層へとバックします。これがリカバリ電流です。
ダイオードではN層のほうが厚く作られていますので、N層の深いところまで入り込んだホールがなくなるまで、つまり、P層へと戻るまでが逆回復時間となります。FRD では、N層に捕まえる構造を内蔵させて、ホールを消滅させて逆回復時間を短くしています。
ところで、ダイオードには PN 接合以外にも、金属(導体)とN形半導体を接合したショットキー・バリア・ダイオード (SBD) があります。SBDでは、金属とN形の接合面のN形側に空乏層が形成されます。順方向に電圧を印加したときには、N層から金属層に電子が移動し、電流が流れます。印加電圧が逆向きとなったときには、金属層の電子は空乏層を乗り越えられません。このため、N層内部で接合面付近に空乏層が再形成されるまでのわずかな電子のバックがあるだけです。したがって、SBD の逆回復時間は FRD よりも短くなります。
ただし、シリコン SBD (Si-SBD) では物性上の理由から、耐圧を大きくすると逆方向電流が大きくなるトレードオフがあります。ですので、耐圧が 50 Vを超える品種は多くありません。これまでに3品種ほどを比べましたが、そのうちで FRD よりも動きのあるというか、クッキリとした音を聞かせてくれた富士電機 ERC84-009 を使っていました。
さて、現代の本命は SiC です。SiC は、シリコン(Si)と炭素(C)の化合物半導体です。SiC-SBD では、Si-SBD では不可能な高い耐圧を実現でき、電流密度を大きくできるため平均順電流(電流容量)も大きくでき、Si で問題となった逆電流も大きくありません。さらに SiC は Si よりも熱伝導に優れるため、小型のチップで大きな電流容量を確保できます。SiC-SBD についてはRohm社の解説がわかりよいでしょう。
SiC-SBD は Si-SBD よりも透明感の高い音を聞かせてくれます。過去に4品種を試しましたが、いずれも クッキリとした音像感、実在感を聞かせてくれました。ですので、SiC-SBD で、実装のしやすい TO-252 パッケージ品を探しました。
Mouser と DigiKey にて@200円台までの16品をポチッとしました。ところが同一品種の包装違い品を買っていました(聞いた後で気づきました)ので、比較したのは15種類。また、サイトで SiC と誤って表示されていた一品種(データシートでは、スーパー FRD となっていた)があり、SiCとしては14種類です。
余談ですが、このスーパー FRD もクオリティの高い音を聞かせてくれます。じつは、最初にスーパー FRD を購入して現用品と比べました。そして「ちょっと音が固いというか、響きが寂しいのだけれども、これなら代替品になる」と感じましたので、他の品種探しを始めました。
購入したダイオードは「トランスonケミコン」基板に載せて比較しました。いっぱい残っていた試作基板を活用できました。載せた TO-252 パッケージの外観はそっくりです。老眼の私では、拡大鏡を使わないと品名が読めません。ですので、基板に①から⑯の番号を付けました。
この基板を、ブロックケミコンの上で差し替えます。Preci-dip のピンを取り付けていますので、差し替えは簡単です。
さて、試聴です。現用品をリファレンス 0 として、0 と1 を比較し、その勝者と 2 を比べ、その勝者と 3 を比べ、・・・、と試聴すれば、15回の試聴で優勝者が残るはずです。
ところが、これがうまく行かない。というのは、ほとんど差が聞こえない。これまでに、
差動とコンプリメンタリ差動やトランスインピーダンスなどの回路方式
カレントミラー負荷のありとなし
フィードバック回路の抵抗値
プッシュプル回路のパラレル接続数
A級とB級の動作点
センタタップとブリッジと半波の整流方式
シリーズとシャントのレギュレータ
シリーズ・レギュレータではフィードバックのありとなし
NFとCRとNF-CRのイコライザ
ヘッドアンプと昇圧トランス
パッシブ・フィルタとアクティブ・フィルタ
などの回路接続、
巻線と金属被膜とカーボン抵抗
フィルムと電解とセラミックのキャパシタそれぞれ
トランジスタ
オペアンプ
D/A コンバータ
デジタル・フィルタ
Si と FRD と SBD、SiC-SBD
などの能動/受動素子、
左右正負独立と共通の電源トランス
トロイダルとカットコアとEIコアの電源トランス
ヒューズとブレーカ
プリント基板の厚みと材質、銅箔の厚み
ガラエポ基板と真鍮基板
プラグとジャック
アルミと真鍮のシャーシ
つい最近ではケーブル
などの構成要素、を比較してきました。しかし、これほど差の聞こえない比較は、記憶にありません。
比較の時には、A-B-A-B と試聴をくり返します。ところが、A-B-A-B と聞いてもよくわからない。A-B-A-B-A-B-A-B くらいに聞いて、ようやく、幾分おとなしいかな、ほんのわずか低域が薄いかな、音の伸びがちょっと劣るかな、のように、なんとか、わずかの差をメモできます。ただし、ごくごくわずかの差です。クオリティの差なんてありません。
ですので、すこしばかりにぎやかかな、やや高域寄りかな、若干響きがよいかな、のように差が聞こえたとしても、どちらがよいかの判定を下せません。判定がつかないからと両者を次のサンプルと比較すると、三つ巴です。余計に順位をつけられません。3日かかってすべてを聞きましたが、半数くらいは「どちらもよいね」状態です。
それでも、かなり聞いて、なんとかイチオシをみつけました。