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Toshiyuki Beppu

聴いた感動は一生の宝

更新日:2023年9月26日



 2022年はひさびさに、ドイツ、ポーランド、フランス、アメリカ、ウクライナと海外のオーケストラを堪能しました。そして、何度も感動に巡り会いました。これだからコンサート通いは止められない。もっとも、最初の音を聴いただけで残念な気持ちになったこともありましたが。


 クラウス・マケラ(1996-)指揮パリ管弦楽団の公演は、ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキーと、フランス=ロシア近代の、いずれもコンサートのトリをつとめるような名曲を、3曲も並べたプログラムでした。その上に、聴いたすべての公演で、すべての演奏が素晴らしかった。若干26歳のクラウス君は、彼の表現したいことをすべて奏者に託すかのように、じつに見事にオーケストラを歌わせます。

 中でも、素晴らしい感動を聴かせてくれたのが、アリス=紗良・オット(1988-)を独奏者に迎えた10月18日のサントリーホール、モーリス・ラヴェル(1875-1937)の「ピアノ協奏曲ト長調」でした。


 CDで聴いたことはあったのですが、あまり彼女に期待はしていませんでした。ところが、ムチの一打から始まり、木管とかけ合いながら進み、徐々にピアノが主人公となるテンポ・プリモ[10]のあたりから、ぐいぐいと引き込まれます。じつに快活に躍動的に、彼女はみんなをリードします。なんというか、楽しい演奏なのです。

 ラヴェルの「ピアノ協奏曲」は、初演者のマルグリット・ロン(1874-1966)を含め、8枚のCDを持っていますが、アリスちゃんの、まるでジャズかロックのような、観客どころか演奏者までも踊るようにのせてくれたピアニストはいません。第2バイオリンのトップ奏者は、自分のパートのないときに彼女のピアノに合わせてスイングしていました。私も同じ気分。

 一方、彼女にまして見事だったのはマケラの伴奏です。彼女の表現を、寸分のズレも感じさせることなくピタッとサポートし続けます。オーケストラをコントロールしながら、まったく必然的な演奏に聴かせてくれました。

 そして、第一楽章のフィナーレ、木管、金管と弦楽合奏の四分音符の下降旋律に、最後にピアノが加わって最後の音が弾かれた直後、聴衆の抑えきれない拍手が沸き起こります。


 クラシック音楽に詳しくない方のために、ちょっと付け加えますが、基本的には四つの楽章で構成されるシンフォニー(交響曲)や三つの楽章で構成されるコンチェルト(協奏曲)では、楽章の間では拍手をしないのがマナーです。私も何十回とコンチェルトを聴きましたが、楽章間の拍手には巡り会ったことはありません。

 でも、このときの拍手は、まったく不自然ではなく、もちろん曲を途切れさせるものでもなく、演奏に対して、当然ここにあるべきものとして、彼女に贈られました。


 続く第二楽章アダージョ・アッサイ(とてもゆっくりと)では、第一楽章の興奮から幻想の世界へと誘います。右手はたゆたうように歌い、左手は八分の六拍子のリズムを刻みます。長いソロを経て(「最もたいへんな楽章は、どうやら間違いなく二楽章です」マルグリット・ロン、『ラヴェル - 回想のピアノ』)、そしてピアノとコーラングレとの対話が繰り広げられるのですが、彼女の響かせる考え抜かれた繊細なニュアンスに、パリ管の深い音色の木管が寄り添います。

 第三楽章の素晴らしさは言うまでもありません。飛び跳ねるような華麗な技巧を繰り広げるピアノは、より激しく舞い踊ります。息を呑むほどに引き込まれる陶酔感。そして、三つの和音に続く最後の和音がフォルテッシモで奏でられた直後、割れんばかりの拍手がホールに満ちました。


 まちがいなく、歴史に残る名演でした。ステージ衣装を入れたトランクがミュンヘンの空港に置き去りにされ、オーケストラのアシスタントから借りたスカートをまとってステージへと現れた彼女でしたが、とてつもない集中力を発揮して、素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

 当日はカメラが入っていましたから、一日も早くCDになってくれと願っています。


 ところで、プログラムを見るとラヴェルのコンチェルトは、名古屋と岡山でも演奏されます。日程的に名古屋は無理でしたが、岡山なら行けそうです。チケット(センターブロック!)も入手できました。もう一度聴ける!期待度MAXで岡山シンフォニーホールへと向かいました。

 岡山でも、彼女は緻密に構成された演奏を聴かせてくれました。このときもまた、ピアノはファゴットやクラリネット、オーボエ、フルートと見事に響きを重ね、最初のとき(サントリーホール)よりも息が合っているかのようでした。

 でも、あの躍動感が、僅かに感じられなかった。第一楽章に続く拍手もありませんでした(これがふつうですけど)。


 いったい、なにが違ったのか。私にはわかりません。超一流の奏者であっても、念入りに組み立てた演奏を、さらに輝かせる瞬間に巡り会うことがあるのでしょう。岡山での演奏を聴けたからこそ、あのサントリーホールが、かけがえのない感動であったのだとわかります。


 2023年も感動に出会いたい。そう願っています。



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