先日、何年かぶりに高橋和正さんのお宅におじゃましてきました。はるか以前、おそらくは1989年の末か90年の始め、氏のリスニングルームで初めて聞かされた音の衝撃は、いまも忘れられません。
その頃の私は、どうやってもまともに鳴らなかった38 cmウーファ+1インチドライバを諦め、BBCモニタ・スピーカの音に絶望し、コンデンサ・ヘッドホンのみを聞いていました。マルチウェイ・スピーカは、わたしにとってはどれもが“マルチウェイひずみ”を放射する欠陥品にしか聞こえず、音楽を楽しむことはできません。
“マルチウェイひずみ”とは、私が勝手に付けた名前ですが、「一つの音源が複数に分かれて聞こえる現象」、というよりも、多くの人はそうは感じないらしいのですから「症状」とよぶべきものでしょう。
この症状が発現するとたいへんです。ヴォーカルが、別々の口から歌っているように聞こえてしまいます。ヴァイオリンも、オーボエも、ピアノも、一つの楽器とは感じられなくなります。音楽を楽しむどころではありません。
発病(発現?)したのは、春休みと夏休みのバイト代すべてをつぎ込んで、TADの38 cmウーファとコンプレッション・ドライバを買ってからでした。ホーン・システムが最高であるとされていて、マルチアンプでドライブすることがステータスとなっていた頃でした。私も「ホーンにすれば、きっと音楽をもっと楽しめる」と信じてバイトに励みました。24tの合板を、フロントバフルは2枚重ねにして180 Lのボックスを作り、予算が足らなかったので,キットのマルチセルラホーンを作って鳴らしたのですが…。
音は「悲惨」としかいえないものでした。
それでも「ホーンは難しい」と,あちこちの雑誌に書かれていました。「私の鳴らし方が未熟にちがいない」と、クロスオーバを変え、バスレフポートの長さを変え、吸音材を調節し、ホーンの置き方を変え、箱がヤワなのではと、鉄パイプで補強し、回折効果が悪さをしているからと箱のエッジを丸く加工し、やっぱりホーンが安物なのだからダメなのだと、次の春と夏のバイトの稼ぎをつぎ込んで、値段は3倍のF社、そのまた3倍のY社と二度も買い換え…。雑誌に書かれていることを読んでは、試みつづけていました。もちろん“究極”とされていたマルチアンプも試みました。それでも、“マルチウェイひずみ”は消えません。
あるとき、「音源方向が異なっているから、音源が複数に聞こえるのだ」と思い至りました。「小型のモニタスピーカにすれば、きっと音源は分かれない」と決めつけて、MJ誌の「売ります・買います」にハガキを送りました。さいわいY社のホーンは売値に近い価格で、巨大な箱もトラックで引き取りに来てくれた方があり、1/3くらいに減ってしまったバイト代を元手にBBCの小型モニタを買いました。
ところが、鳴らした瞬間、絶望です。“マルチウェイひずみ”が聞こえます。小さな箱なのに、部屋の中で最大の距離としても、音源は分かれます。“マルチウェイひずみ”がないとは言っても、中域の強烈な共振音に嫌気のさしたJBLの8インチ・フルレンジに戻ることもできません。電子ピアノの売り場で“3ウェイスピーカ”が鳴っていると聞こえたときに、そのスピーカも売り払いました。
それからしばらくは、コンデンサ・ヘッドホンだけを聞いていました。そんなときに、『ラジオ技術』のH氏に連れられて、高橋邸を訪問しました。
当時の高橋さんのシステムは、30 cmウーファの上にホーン・システム「ミディゴン」が鎮座し、そのホーンの開口部にコーン型のミッドローとミッドハイのユニット,パイオニアのリボン・トウイータが重ねられていました。まだ「ユニウェーブ」との名前もなく、「リニアフェイズ」とよばれていた頃でした。
ところがそのシステムからは“マルチウェイひずみ”が聞こえません。4ウェイなのに、ヴォーカルも,チェロも、ホルンも、ひとつの音源に聞こえます。私にとっては,驚きの音でした。
幾度となくお宅にお邪魔させてもらい、教えていただくままに私もリニアフェイズ・システムを作りました。いろいろと聞かせていただいているるうちに、私の“マルチウェイひずみ”症状は、音源との距離、すなわち位置のズレと、-12 dB/oct.以上の遮断特性を持つネットワークが原因であるとわかりました。-6 dB/oct.ネットワークにしてユニット間の相互距離を合わせることによって、音源はひとつに聞こえます。
「それだけの差には、理由があるはずだ」と、サイン波を1波だけ入力したらどうなるかとのアイデアがでてきました。それが単発サイン波測定の始まりです。
ウーファとスコーカ、あるいは、スコーカとトウイータの相互位置を調整すると、高域側のユニットが前(近く)にあるときのほうが、後ろ(遠く)にあるよりも顕著に違って聞こえるとの高橋さんの経験は、私にも同じように感じられました。スコーカとトウイータであれば、最適位置よりトウイータを1 cm 下げても「おっとりしたかな」と感じるくらいで、それほどの違いではありません。ところが1 cm 前に出せば、はっきりと「シャリシャリした」とわかります。
この差が、単発サイン波によってはっきりと“示された”ときには、二人とも驚きました。そして、信号に含まれる波の数を正確に再生することこそが、スピーカ・システムのゴールであると確信しました。
電気信号のひとつの波を、ひとつの音波にすること。これが目標であり、リニアフェイズ、すなわち位相を平坦にすることは、目標ではなかったのだとわかりました。そもそも位相(フェイズ)は、連続波にあるものです。ひとつの波に位相はありません。そう考えるうちに、どちらからともなく「ひとつの波(uni wave)」との名前も決まりました。
『ユニウェーブスピーカ』は、1988年から1997年の間の高橋さんと、それにぶら下がっていた私のスピーカ・システムへの取り組みをまとめたものです。いま読み返せば、おかしなところも間違っていたところもあります。が、それでもなお、多くの事柄を明らかにできたと思っています。
高橋さんにも「ぜひ、公開してくれ」とご賛同をいただきました。20年以上前の取り組みですが、あの頃を知らない方には、おそらく、初めて接する情報ではないかと思います。これよりアップを始めます。ご一読いただければ幸いです。