(製作記 EVR-X より転載)
良い音とは
再生装置の音を良くするために、どう「良い音」を判断するのか。私のわずかな経験を述べてみます。
私は、なにかを試み、それで音が良くなったのか、悪くなったのか、変わらなかったのか、を試聴して判断します。判断はすべて、聞いた経験です。聞けなくて留保したことは多数ありますが、聞かずに決めたことはありません。
「こうすれば良くなるだろう」と思いついて比較するのですが、変更前と変更後を聞き比べます。「良くなるはずだ」と考えて試聴を省略はしません。白状すれば、「良くなるはず」と考えたのに、聞いたら悪かった経験は多数です。ですから、「はずだ」と決めつける自信がありません。自分の聴覚は信じていますが、考えた結果は疑っています。
そして自分の聴感を信じていますので、ひずみ率や低域共振周波数の数字で判断することはありません。他人の、たとえ評論家の大先生であっても、ご宣託を鵜呑みにすることもありません。100万人が良い音だと言おうと自分に嫌な音が聞こえるのなら、それは「私にとっての悪い音」です。
では、どう聞こえる音を「良い」と判断するか。
音を聞き分ける
ずっと以前、ある試聴会に参加したときのことです。スピーカの聞き比べでした。
参加者のひとりX氏は、オーケストラ、ピアノ、室内楽、ソプラノなど、すべてのスピーカで5種類のソースを鳴らされていました。氏によると「ソースによって自分の評価が異なることがある。だからいろいろと聞かないと総合的判断ができない」とのことでした。
そのとき私は「そうか。人によって聞き方が違うのだ」と気づいたのですが、幸か不幸か私には、ソース(自分の手持ちの)によって、判断が異なった経験がありません。念のために記しますが、私はX氏の聞き方を批判しているのでも褒めているのでもありません。ただ、「私とは違う聞き方をしている」と認識しただけです。聞き方が違うのだから、おそらくは異なったポイントを重視するだろう。異なったポイントに注意を向けるのだから、私とX氏で良し悪しの判定も違って不思議はない。と考えているだけです。
何百回、ことによると何千回かもしれませんが、私も比較試聴してきました。けれども、ある日オーケストラで聞いて、3日後にヴォーカルで比べて、結果がひっくり返った経験はありません。
自分で試したことしかありませんが、慣れたCDのCとDを使わせてもらえば(そうでないと、どんな音が入ったCDなのかわかりませんので)、Cを装置AとBの両方で聞き、Dをどちらか一方で鳴らしてもらえば、AかBのどちらで再生したかを当てる自信はあります。
おそらく、ほとんどのマニアは同じことができるでしょう。
極端な例ですが、5センチのPCスピーカと38センチウーファの4ウェイを比べれば、どんなに小さな音で鳴らしたとしても、どちらが鳴っているかを当てられます。まあ、このくらい違えば、知らないソースでも判ります。2種類のスピーカの音を覚えているから、どちらが鳴っているか識別できます。業務用で人気のバスレフスピーカなど、お店に入ったとたん100 Hzあたりのボワンボワンした音でB社と判ります。その覚えた音が聞こえるから「ここもか・・・」と思ってしまいます。
アンプも同じです。真空管アンプとトランジスタアンプの違いなど、分かりやすいところです。真空管がEL34なのか6CA7なのかは私にはまったく分かりませんが、真空管か半導体なのかは分かります。真空管に共通する音は覚えています。そして半導体に共通する弱点も分かっていると思います。
抵抗もNS-2Bと1/4 Wカーボンくらいの差があれば、入力抵抗1本交換すれば違いは分かります。ただ、差動回路の共通ベース抵抗あたりとなると微々たる差となります。どちらか一方を聞いただけでは分からないかもしれません。ですが、両者を聞かせてもらえば、どちらがNS-2Bかは当てられるでしょう。
ソースを覆い隠す音
スピーカや回路やパーツやケーブルなど、再生装置に係わるデバイスには、すべてに固有の音があります。そして固有の音は、すべてのソースにプラスされます。固有音によって、ソースに録音されている音は覆い隠されます。
たとえば、ブーブーと鳴るバスレフは、チェロもコントラバスも同じ音色にしてしまいます。チンチンと鳴るメタルドームは、クラリネットもオーボエも特定の音階だけを強調し、他を聞こえなくします。このように特定帯域のピーク音は、それ以外の帯域を聞こえにくくします。
そう考えると、マイナスされる音も固有音と見なせます。バスドラムの質感もベースの音階も放射しないPCスピーカは、“狭帯域”の固有音を付加するために特定帯域を聞こえなくすると考えられます。
アンプのパーツでは、スピーカほどに帯域を狭める固有音はありません。ですが、回路であれ、素子であれ、ケーブルであれ、絶縁材料であれ、ケースであれ、信号変換と増幅に係わるデバイスは例外なく、すべてのソースにデバイス固有の音を付加します。
ブーンとうなるハムノイズは、低音だけでなく中音までもディテールをわからなくします。機械式ボリュームは、フルートにもトランペットにも曇ったようなザラついた、ボケッとした音を付加します。楽器の音色を濁らせ、あるいは消し去り、モノトーンの音色にしてしまうオペアンプもしかり。あるいは“音場が狭い”などと記しますが、三端子レギュレータは例外なく、オーケストラも弦楽四重奏もスピーカの近傍にだけ音をまとわりつかせます。
デバイス固有の音は、すべてのソースにつきまといます。そして、ソースに録音されている音を覆い隠します。
すべてにつきまとう固有の音
たとえば無伴奏ヴァイオリンを聞いて、カップリング・キャパシタを比較したとします。そして、あるフィルムコンにピーキーな響きを聞き取ったとします。このピーキーな響きに気付けば、オーケストラでもテノールでも、それが判ります。電子楽器、たとえばエレキでもシンセでも、ピーキーな響きは聞こえます。ですから、ポップスやロックを聞いても判ります。
また、ヴァイオリンでピーキーな響きを聞き取ったときに頭の中で、「音がこう違って聞こえた」と分析しています。この分析より、ヴォーカルではこう聞こえるだろう、ピアノならこう響くだろう、電子楽器ならこうなるだろう、と想像できます。ですから、ソースを変えてもその音をみつけられます。
そして、ヴァイオリンで「悪い」と感じたのなら、その固有音を「嫌い」と私の脳は判断しています。ですからピアノでもロックバンドでも、同じように判断します。結局のところ私は、装置やアセンブリやパーツの音を聞き、その固有の音に対して嫌いかどうかを決めていると思われます。
つきまとわない音
いずれにしても、スピーカや回路やパーツやケーブルなどの固有音は、すべてのソースにもつきまといます。そしてあらゆるソースで、録音された響きや音色や音場感や定位感を覆い隠します。固有音をなくせばなくすほど、それぞれのソースに録音された響きや音色や音場感や定位感が再生できるようになります。演奏家による音色の違いをよりはっきりと、デッドなスタジオはデッドに、ライブなホールはライブに、聞こえるようになります。
ソースを違えても聞こえる固有音、いいかえれば、あらゆるソースに「つきまとう音」が、私にとっての悪い音です。残念ながらすべてのデバイスに、つきまとう音はあります。ですが、その中でより気にならないほうを私は、良い音と判断します。なぜなら、ソースに含まれる音をよりはっきりと聞かせてくれるからです。気になる音、すなわち悪い音を取り除く作業が、私の再生装置づくりです。
再生装置の音を良くするには
装置の音を良くするためにどうするのか。
私のわずかな経験からいえることは、自分で聞いて確認することです。別府某がラジオ技術に書いているからと、そんなことを鵜呑みにしてはいけません。本当かどうか、聞いてみます。たとえば別府某は、オペアンプを4558からMUSES 8820、さらにはMUSES 02に交換して、梅だとか竹だとか松だとか言っていますが、どこがどれだけ違うのかを聞いて確かめます。
聞かないで「そんなことがあるはずない」と主張される方もありますが、聞かないから「はずがない」と言うのです。聞いて区別できなかったのなら「差はない」と、「はず」を言う必要はなくなります。
もちろん、オーディオの世界には、眉唾も迷信も数多くあります。しかし、それがガセネタなのかホンモノなのかは、聞かなければわかりません。
「マニアには、耳で音を聞く人と、頭で音を聞く人がある」とは師匠の言葉ですが、まったく同感です。聞いた人は、どのように違って聞こえたかを語れます。しかし、頭で判断する人にはそれができません。素晴らしい低域の量感なのかブーミーなだけか、聞いた人には記憶が残りますが、頭で聞く人には何も残りません。頭で聞く人たちは「理論的によい音」かどうかを考えるだけですから、「どこがよかったのか」「どんなところが悪かったのか」を語ることもできません。
装置の音を良くするためには、この比較の記憶が重要です。なぜなら、経験と同時に装置にも「良い音」が蓄積されます。ケーブルを交換して良くなったのなら、それをそのまま使うでしょう。良くないけどお値段が高かったから、ラジオ技術で絶賛されていたから、などと自分の耳をごまかしてはいけません。抵抗を交換して良くなかったら、元に戻すでしょう。
自分で聞いて、自分で判断し、それを積み重ねること。これが、音をよくするための唯一の方策と考えています。