COVID-19で明け暮れた2020年。たいへんな状況が続いています。まだまだ収束の兆しが見えませんが、春~夏にかけて軒並みキャンセル・延期となっていたクラシックの公演も、少しずつ再開されてきました。11月には10ヶ月ぶりにコンサートへ。二十歳の頃からコンサートに通っていますが、こんなに長い間、出かけられなかった記憶はありません。
先日、池袋の芸術劇場に行ってきました。音楽は素人ですので演奏の批評はできませんが、傘寿を前にされた秋山氏の指揮は、若い頃よりもゆったりとしたテンポとなった気がします。それでも「齋藤メソッド(指揮法)」の継承者として、指揮棒の先できっちりとリズムを刻むお姿は、まだまだ若い。「エグモント」は、ダーンと始まる冒頭の合奏より、一音一音をはっきりと奏でて、しっかりとした歩みを聞かせてくれました。
私にとっては久々の日本のオーケストラでしたが、先月、長いブランクを経てウィーンのオケを聞いていたためか、幕間にオーケストラの音について考えていました。ブランクの前を振り返れば、イギリスのオケを芸術劇場と上野の文化会館と西宮の芸術文化センターで、先年の末にはドイツの、その前にはロシア、さらに前にはアメリカのオケと聞いたこともあったのでしょうが、感じた音は、まさしく日本のオケ。その頂点のN響サウンドですね。
とにかく、弦合奏が寸分の狂いもなく揃って聞こえます。透明な音です。上手くないアマチュアオケのような、ピッチのズレから生じる濁り音は微塵もありません。
とはいっても、ピッチが揃うのはどの国の一流オケも同じです。ブランクの前に聞いたフィルハーモニアも、ベルリン交響楽団も、マリインスキー歌劇場管も、フィラデルフィア管も、もちろん揃って聞こえました。どこのオケも一流のプロらしく、ピタッと決まった周波数の音を聞かせてくれます。でも、それぞれに違った音がしますね。
そして日本のトップ、N響の音はいずれとも違います。弦でいうならボウイング(運弓法)の、ビブラート奏法なのですが、それぞれのビブラートの音が揃うというか、工学らしくいえば、それぞれの奏者の相互相関係数が1に近いというか、際だって透明感があります。ピュアというか、雑味がないというか、面白みに欠けるというか、明るい透明な音に、私には聞こえます。
それから、低音弦が力強くないですね。これも日本のオケらしい。ウーファのレベルが下がった状態ではないのですが、もっと音が前に出てきて欲しいですね。きれいすぎるというのでしょうか、ゴリゴリとした押し出し感を聞きたいですね。
あるいは管の音も、木管も金管もですが、明るい。ウィーン・フィルの渋いフルートの響き、いぶし銀のような奥に光を込めたホルンの輝きとはまったくちがった、冬晴れの新宿の摩天楼のような明るさを感じます。これも、オーディオ的にいうなら、音が太くない。カッチリとした音の形を感じさせません。
もちろん指揮者の、あるいはオーケストラの目指すところも違いますし、使っている楽器も環境も、それから聴衆も違うのですから、同じ日本のホールで演奏したとしても、音も違ってあたりまえです。その音が曲に、あるいは作曲家に合うと感じるかどうかは、演奏者の、あるいは聴衆(私)の好みでしょう。秋山和慶指揮のN響は、ベートーヴェンには明るすぎると感じた、と記します。でも、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮のウィーン・フィルもすばらしい演奏を聞かせてくれましたが、私には、ドビュッシーとは違う響きに思えました。
東京芸術劇場大ホールは、客席数1999です。現代のコンサートホールとしては、標準的な大きさです。サントリーホールほど横幅が広くないため間接音が豊かに響き、また、ステージのバックが垂直の壁のためか、わりあいと明確に音が届くと感じます。
当日はCOVID感染対策のため、入場者は6割ほどに制限されていました。演奏者には申し訳ないのですが、オーディオマニアとしては、客数が少ない方が響きがよくて嬉しい。人間自体が吸音材ですし、特に冬場は着込みますから吸音材の量が多くなってデッドになります。11列目のステージに向かって左端から2席目でしたが、前の列が空いていて、視覚的にも聴覚的にも見透しがよくて、音的にはたいへんよろしい。ステージからこのくらい離れると、また、編成が小さいことも相まって、左右のバランスも悪くありません。
ひと言付け加えておきますが、ステレオを聞いているときの左右バランスと、コンサートホールでの左右バランスとは、意味がまったく違います。コンサートホールでは、奏者の位置からの相対距離の差が、音が届く時間差となって違和感をもたらします。マルチマイクで左右のチャネルへの音量差でもって、右の耳と左の耳に届く音量差だけで定位を人工合成するステレオ録音とは、まったく別の感覚です。
弦は40人編成でした。ですけど、この人数で、この大きさのホールでは、60~70人編成の音量に慣れた耳には、アッテネータのつまみをもう3ステップほど右に回したくなります。もちろん、ベートーヴェンの時代の人数はもっと少なかったのですが、2000人入るような部屋では演奏しなかったでしょう。
でも、聴衆が少ないため、残響の消えゆく様がよく聞こえます。こんな状況の中でも出かけてくる人たちですから、マナーもよろしい。つまり、ノイズを出さない。マスクもしていますから咳をする音もほとんど聞こえません。ですから、ホール全体の響きを聞き取れます。
編成が小さいことで、コンチェルトのヴァイオリンとの音量バランスはよい。諏訪内さんは、もちろんテクニックはたしかですし、ストラディバリウス(でしたよね)をじつに美しく響かせます。このくらいの編成ですと、その彼女のヴァイオリンをクッキリと聞かせてくれます。ファンとして嬉しい。ただ、彼女はもうちょっとアップテンポで演奏したかったのでは、でも、秋山先生の前ではそうはいえなかったのでは、などと思ってしまいました。
今年7回目の、おそらく最後のコンサートでした。出かけてよかったです。来年は、もっともっと聞きにいきたい。
記
NHK交響楽団、秋山和慶(指揮)、諏訪内晶子(ヴァイオリン)
ベートーヴェン「エグモント」序曲、弦楽四重曲奏第11番(弦楽合奏、マーラー編)、ヴァイオリン協奏曲
2020年12月11日(金)、東京芸術劇場大ホール